じゃきん、と耳元で重い音が響くと同時に、すぅっと頭部が軽くなるのを感じた。
はらはらと辺りに散る髪の毛を無感情の瞳で見つめる。刹那は床に落ちた髪を一房すくい取ると、別れを告げるかのようにそれに口付けた。
『そして少女は戦士になった』
昨夜、突然スメラギ・李・ノリエガから連絡があった。今まで月一回の定時連絡以外、特に連絡を取らなかった彼女からの唐突な連絡に、その場に集まっていた四人はどことなく彼女の緊迫した雰囲気を感じ取っていた。
『CBの活動開始日時が正式に決まったわ』
それは、今まで待ち望んでいたはずの言葉。
『マイスター達には明後日に宇宙へと上がってもらいます。それまでに、身支度を整えておいてね』
それを聞いた瞬間、刹那は覚悟を決めた。
いつもより早く起きてきた少女を迎えたのは、最年長保護者の絶叫だった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! せ、刹那!? どうしたんだ、その髪!?」
ぼとり、と荷物を落として叫ぶロックオンに、刹那はやかましいと言わんばかりに眉をひそめた。ちなみに動揺しているのはロックオンだけではない。アレルヤはあまりの出来事に硬直しているし、見た目は驚いていないように見えるティエリアも、注いでいたコーヒーが溢れてこぼれている。
それもそのはず。昨晩までは確かに刹那の髪は腰の辺りまでで綺麗に整えられていた。ロックオン達の二年間の努力の結晶である。その髪が、耳元の辺りで無残にも断ち切られ、今や見る影もない。わずか一晩で、少女の髪は男であるロックオンやアレルヤよりも短くなっていた。
「あーあーあー・・・お前、これ自分でやりやがったな。せっかく綺麗にしてやってたのに・・・・」
あっちこっちに跳ね、ぼさぼさになった刹那の髪に触れながらロックオンが嘆く。目を離すとすぐにはさみで切りそろえてしまう刹那を説得し、毎回髪を綺麗に整えていたのはロックオンなのだ。
「刹那、いきなりどうしたの? 髪を切りたいんだったら、いつもみたいにロックオンにやってもらえばよかったのに」
「自分でやりたかったんだ」
朝食用のミルクを運びながら、刹那は淡々と語った。
「俺は、俺たちはガンダムマイスターだ。だから」
自分で髪を切ったんだ、と語る少女に、ロックオン達は何も言えなかった。
昨夜の発表を、少女がどんな風に受け取ったかは分からない。CBのガンダムマイスターという肩書きは、まだ14歳の少女が背負うには重過ぎる代物だ。
だからこそ、髪を切ったのだろう。
少女という外見を捨て、女という性別を捨て、戦場の中に身を投じるために。
彼女なりの、覚悟を決めるための儀式だったのだろう。
ロックオンは苦笑すると、ミルクを飲む刹那の髪に櫛を当てた。二、三回梳くと、ぱらぱらと黒髪が落ちる。
「刹那、荷物をまとめたら風呂場にこい。髪、かっこよくしてやるよ」
こくん、と素直に頷く刹那の頭をなで、ロックオンはポケットから手袋を出すとそれを身に着けた。
君が戦士となるのならば、ぼくらもまた戦士となろう。