彼の手が好きだった。髪を梳いてくれる手つきや、優しく頭を撫でてくれるその手が。
「刹那、髪切ろうか」
ロックオンの言葉に、刹那は自分の髪をつまんで見てみた。ブラシを買い与えたティエリアの努力もむなしく、刹那の髪はあっちこっち好き勝手にはねまくっている。後ろ髪は肩の辺り、前髪は軽く目にかかる程度まで伸びてきていた。確かに邪魔だ。だが、
「宇宙空間で切るのはどうかと思う」
「そうでもしないと、お前ハサミで勝手に切るだろ」
俺だって上手く出来るとは思ってないさ。ロックオンはため息混じりにそう言った。いくらこの男は手先が器用とはいえ、無重力空間で上手に散髪できるとは考えにくい。
「変な髪形になったら嫌だから、いい」
「そうか。だったら絶対自分で切るなよ。昔みたいになるからな」
四年ほど前、マイスター4人で暮らしていた頃の事件を思い出したのか、ロックオンが真剣な表情で念押しをする。
「わかっている。もう自分では切らない。今はアンタがいるからな」
だから今度、髪を切ってくれ。ぼそり、と囁くと、ロックオンはまかせとけ、と笑ってくしゃくしゃと刹那の頭を撫でた。
その手は彼そっくりだった。白く、しなやかなその手が、稀代の狙撃手と謳われた彼に。
だけど。
「なぁ、切らないのか?」
ぽつり、とロックオンが呟いた言葉に、刹那は数秒間考え込み、ようやくそれが自分の髪を差している事に気がついた。
「女なんだから伸ばすのもいいだろうけどさ、前髪が目にかかってるぜ」
「あ、本当だ。邪魔じゃない、刹那?」
隣で林檎をむいていたアレルヤが反応し、向こうで野菜を滅多切りにしていたティエリアまでがやってきた。つまんでみた髪は確かに目の位置まで伸びており、うざったい。
「どうする? 自信ないけど僕が切ろうか?」
「おいおい、髪の毛ぐらい鏡見りゃ1人で切れるだろ」
呆れたような声を出すロックオンに、アレルヤは苦笑交じりに普通なら、と答えた。
「刹那の場合、鏡なんて見ないで普通のハサミを使ってめちゃくちゃに切っちゃうですよ。昔それで大騒ぎになったことがあって」
「君のことだ。どうせ僕が買い与えたブラシも使っていないのだろう」
「うるさい。ブラシはめんどうなんだ。昔みたいにティエリアがやってくれればいいのに」
「あの頃はまだ君が子供だったからだ。今はもう1人で出来るはずだ」
「お前らって子供の頃から一緒なのか?」
その光景を眺めていたロックオンがぽつり、と呟いた。
「子供の頃っていうか、昔一緒に暮らしてたんです。まだ武力介入を始める前だったから・・・・9年くらい前かな」
「ふーん・・・・」
「ロックオン」
興味なさそうな、冷めた目つきになったロックオンに、刹那はハサミを手渡した。はい? と呆けた表情をするロックオンに、刹那は至極当然のように言った。
「髪を切ってくれ、ロックオン」
「え、あ、俺が?」
突然の事にうろたえるロックオンに、刹那は霧吹きを投げ渡した。そのまま、ずるずるとイスを砂浜まで移動させると、上着を脱ぎだした。
「おいおい、確かに言いだしたのは俺だけどさ。手元狂うかもしれないぜ」
「別に構わない。自分でやるよりはマシだ」
それでも躊躇するロックオンを無理矢理連れ出すと、刹那はシーツをかぶった。
「髪を切ってくれ、ロックオン・ストラトス」
どうなってもしらないぞ。彼がため息混じりに言った台詞に、刹那はかすかに微笑んだ。
ああ、やっぱり彼はちがう。
あなたはどこにもいないと知った日
(この手は彼ではないんだ)