『新たな生活』








 都会と言うほど活気に満ちてはいないが、田舎と言うほど寂れてもいない、そんな街に不釣合いなほど広い建物があった。


 広いといえども、一般的な一戸建てと比べて、の話である。そこそこの人数の一家が住めば、狭いと感じるであろう程の家。


 建てられて間もないのか、それとも頻繁に掃除がされているのか、衛生面において何の問題も見つけられないような玄関に、ロックオン・ストラトスは足を踏み入れると同時に辺りを見回した。悲しいかな、それまで狭いアパートで暮らしていた彼には、玄関ホールなどといういものには足を踏み入れたことがないのだ。


 CBのエージェントが提供した、ということしか知らされていないが、どうやら、CBには優秀なバックアップがついているようだ。


 出てきた男に荷物を預け、案内された部屋に向かう。中にはすでに二名、用意されたイスに座ってくつろいでいた。


 「お前らがガンダムマイスター候補か?」


 「あ、はい。僕はアレルヤ・ハプティズムです」


 「ティエリア・アーデ」


 おどおどと不安そうにイスに座っていた少年、アレルヤが礼儀正しく答え、紅茶を優雅に味わっていたティエリアがぼそっと名乗った。


 「俺はロックオン・ストラトス。あれ? ガンダムマイスターって四人じゃなかったっけ?」


 「ええ、まだ来ていないんです」


 困ったように笑うアレルヤの真正面に腰掛け、用意されていた焼き菓子に手を伸ばした瞬間、


 「大変だ、また逃げたぞっ!!」


 「おいっ!! 誰か捕まえてくれ!」


 男達の慌てた声と共に、ドタバタと走り回る騒々しい音が聞こえてきた。いぶかしんで部屋から出てみると、小柄な影がものすごい速さでこちらに向かってきていた。


 ロックオンはとっさに、脇をすり抜けたそれをつかんだ、その瞬間、


 「危ないっ!!」


 アレルヤの鋭い声と共に、身体が横に引っ張られ、廊下に転がる。痛みに情けないうめき声を上げ、アレルヤを見ると、


 彼が盾代わりに構えていた銀の盆はボコッとへこんでいた。


 それでようやく、ロックオンは自分がその影に攻撃されかけた、という事に気付いた。


 「アレルヤ、大丈夫か!?」


 「ええ、大丈夫です。ちょっとお盆がへこんでしまいましたけど」


 いや、お盆のことは置いておいて。


 ロックオンは改めて、自分に攻撃してきた影を見た。驚くべきことにそれはまだ年端もいかなそうな子どもだった。


 ぼさぼさに乱れた黒髪、鋭すぎる赤褐色の瞳には怯えと殺意がこめられていた。


 「いたぞ、あそこだ」


 男達の声にびくっと身体をすくませると、その子どもは走り出そうとした、が。


 「刹那、待って!!」


 その女性の声に、動きを止めた。


 「ミス・スメラギ!!」


 「あら、あなた達、もう来てたの? って、何そのお盆?」


 「あ、これは・・・そのぉ・・・」


 アレルヤが気まずそうに持っていた盆を身体の後ろに隠す。だが、スメラギはそれを一瞥しただけで、咎めるような台詞は口にしなかった。


 スメラギは、怯え、縮こまっている子どもをやさしく抱き寄せる。


 「大丈夫、ここにあなたを傷つける人はいないわ。だから落ち着いて、ね?」


 あやすようにそう言い聞かせると、子どもは震えることをやめ、ぎゅっとスメラギにしがみついた。そんな子どもの頭を愛おしそうに撫でると、やって来た男達をキッと睨みつけた。


 「この子の治療に関して、精神に危害を加えるような行為をすることを許した覚えはないわよ!! それに、この子にはもうそんなもの必要ないわ。不愉快ね、捨ててちょうだい」


 その剣幕にたじろいだ男の手には、どう考えても先ほどスメラギが言っていた『治療』に不必要であろう手錠やら足枷やらが握られている。スメラギの台詞から察するにその子どもの主治医か何かなのだろうが、それにしては信頼など欠片も存在していなさそうだ。


 スメラギの一睨みで男達が去っていった後、「部屋に入りましょ。ここでは落ち着いて話せないわ」と言うスメラギの台詞により、呆然と突っ立ったままだったロックオン達は部屋に戻った。


 「それで、どこまで話してあったのかしら?」


 「どこまでもなにも・・・・俺たち、突然荷物まとめてここに来いって呼び出されたんですけど」


 「あら、そうだったの? じゃ、まだ何がなんだかわかっていないのね。お互いの自己紹介くらいはした?」


 ロックオンが「一応」と答えると、スメラギは自分の傍らで大人しく・・・・というか、硬直している子どもをずい、と前に出した。


 「この子は刹那。ほら、刹那。自己紹介は?」


 「刹那・F・セイエイ」


 スメラギに促されて、しぶしぶといった感じで刹那が名乗る。なんというか、恐ろしく愛想が欠けた子どもだ。


 「ごめんなさいね。この子、昔色々あってすっかりひねくれちゃったのよ」


 この態度を『ひねくれた』で言い表すのはどうかと思う。


 「それで、この子も貴方達と同じ、ガンダムマイスター候補よ」


 スメラギがさらりと流した台詞に、ロックオンたちは絶句した。


 「え、ちょ、この子どもが!? どー見たって10歳くらいですよ!!」


 「失礼ね、刹那はもう12歳よ」


 「最年少は僕だと思ってたんですけど・・・・違ったんだ」


 「まさか、こんな子どもがヴェーダに・・・・」


 各々の混乱っぷりが目に入っていないとでも言わんばかりに、スメラギはさらに爆弾発言をかましてくれた。







 「あなた達、今日からここに一緒に住むことになってるわよ」








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