屍の美少年を拾ったの続き














 少年は折原臨也と名乗った。


 「はい服脱いで洗濯機につっこんで。あと無駄かもしれないけど一応これで身体拭いて。寒いようだったらお湯が溜まる前にお風呂入ってもいいよ。着替えは今から調達してくるから、お風呂からあがったらとりあえずそこらへんの毛布かなにかでもかぶってて」


 お風呂のお湯をため、ガトリング砲弾のように臨也に指示を飛ばすと、帝人はケータイを取り出して友人の運び屋にどこかで男性用の服を一式調達して届けてくれるようにメールを送信した。直後にきた『了解。またなにか厄介事に首を突っ込んだのか? くれぐれも怪我だけはしないように』の返信に苦笑しながら、臨也の服が突っ込まれた洗濯機を除く。思わず「げっ」と呻いてしまいそうになった。どれだけ汚れていたのか、ぷかぷかと臨也が着ていた服が浮かんでいる洗濯機の水は、まだ洗剤も入れていないのにうっすらと濁っている。仕方なく一旦服を取り出して軽く手洗いしてから、洗剤と一緒に洗濯機に突っ込んでスイッチを入れた。


 「お風呂はどうですか、臨也さん」


 帝人が暮らしているアパートは狭い脱衣所に洗濯機が置かれている。帝人はガタゴトと騒がしく稼働し始めた洗濯機を見届けると、ひょいと浴室のほうを覗いた。扉を開けた瞬間湯気が顔を湿らせ、思わず目を閉じる。


 突然、強い力で腕を引かれた。


 「っ!?」


 ばしゃん、と盛大な水音。楽しそうな笑い声が鼓膜を揺らして、ようやくお湯の溜まった浴槽に連れ込まれたのだと帝人は理解した。目の前には、愉しそうに笑う臨也の濡れた顔。毒々しさを含む彼の紅い瞳は満足そうに細められ、ぽたぽた滴る滴が帝人の顔を濡らす。


 「せっかくだから帝人くんも入ろうよ!」


 臨也はけらけら笑いながらぱしゃぱしゃと帝人にお湯をかける。せめて服を脱いでから連れ込んで欲しかったなと、帝人は力なく笑いながら思った。服が肌に張り付いて気持ち悪い。まだ知り合って数時間の関係だが、どうやら臨也に懐かれたようだ。気がつけば年上だというのに帝人くん呼びだ。


 どうせ帝人も体が冷えていたので温まるのはありがたい。帝人は開き直って肩までお湯につかった。ついでにお返しとばかりに臨也にお湯をかける。


 「身体、ちゃんと洗いましたか?」


 「洗ったよ。ほら」


 ぐい、と臨也が帝人に覆いかぶさるように身体を寄せる。確かにお湯で濡れた肌にもう泥も土埃も付着していない。こうやって綺麗さっぱり洗って明るい場所で見れば、臨也は本当に酷く綺麗な顔をしている。男らしさはないけれどちゃんと筋肉は付いている身体は、良く見れば傷痕や青あざが目立つ。


 帝人はそっと臨也の男性にしては長い髪をつまんで、「髪、切りましょうね」と囁いた。


 「あなたには似合いませんよ。ほら、前髪だってこんなに伸びてる」


 目が隠れるか否かという辺りまで伸びた髪に触れれば、臨也は不意を突かれたような顔をして――――――おもむろに、帝人を正面から抱きしめた。


 「帝人くんって、変だよね」


 「・・・・・・・よく言われます」


 帝人の肩口に頭を預けて臨也は笑うでも嘲るでもなく言った言葉に帝人は苦笑する。変人だという自覚はある。臨也のような得体のしれない人物を、それも厄介事のにおいがぷんぷんする人間を家に上げるなんて。友人が聞いたら卒倒するかもしれないな、と帝人はこっそり笑った。


 「そういう人間なんです、ぼくは。危険だってわかっていても、あなたにような人を見つけたら手を出さずにはいられない。拾ってくださいって言ったのは臨也さんですよ」


 そういう(さが)なのだ。一旦好奇心がうずけば危険だろうがなんだろうがついつい手を出してしまう。それが原因で怪我をしてもどうしてもやめられない。人が、この世の全ての生き物が、呼吸なしに生きてはいけないのと同じように、帝人もまた、この好奇心を押し殺してしまったら生きる屍に成り果ててしまう。


 そんな風に、死体として生き果てるのならば。


 「例え痛い目にあったとしても、ぼくはぼくらしく生きて―――――そして、果てたい」


 だからあの時、拾ってくれと言う臨也を受け入れた。彼が何者でなにをやらかしてどんな理由で拾ってくれと言ったのか、そんなものは関係ない。臨也が引きつれてくる厄介事を心の底から歓迎する。


 そんな帝人を臨也は「やっぱり変なの」と笑った。くすくすと力なく、けれど愉快そうに笑う。


 「ねえ、帝人くんって学生? 高校生とか?」


 話題を変えるようにそんなことを口にした臨也の頭を、べしりと帝人は叩いた。いでっと声を上げる臨也に止めを刺すように、頭からお湯をぶっかける。水しぶきが帝人の頬を濡らしたがそんなもの気にも留めない。


 「これでも成人してますが―――――なにか?」


 「・・・・・・・・ナンデモアリマセン」


 笑いかけると臨也は明後日の方角を向いた。地雷を踏んだと理解したらしいので臨也を苛めるのはここまでにして、帝人は軽く息を吐きながら言葉を続けた。


 「友人と一緒になんでも屋みたいなことをしてます。ぼくは裏方なので基本的に家にいますし、貯金もしてますからひとり分食いぶちが増えたところで生活していけないってことはないですよ」


 まあ見たとおりのオンボロアパートですけど、と付け足して帝人は笑った。臨也は帝人を抱きしめたまま興味なさそうにふぅんと呟いて、ぎゅっと帝人を抱く腕に力を込めた。


 「ねえ、俺ずっとここにいていい?」


 その言葉にきょとんと眼を瞬かせて、帝人は馬鹿みたい、と小さく笑った。


 「駄目って言っても居座るんでしょう? じゃあ最初っからぼくの答えなんて必要ないじゃないですか」


 至近距離にある臨也の瞳を眺めて、まるで白雪姫に出てくる毒りんごのようだと思った。口に含んだらさぞかし甘いのだろう。けれど食べ物としてはあまりも、生気や瑞々しさに欠けていた。死体の目玉をえぐり取って眼孔にはめたらこうなるのだろう。禍々しくもあるその毒の両目は決して、嫌いではない。





 











お題は歌舞伎さんよりお借りしました。