ピンポーンという軽快な音が部屋中に響き渡った。読みかけていた本を放り出して刹那は玄関へと向かった。前もってあった連絡どおり、そこにいたのはアレルヤだった。
「やぁ、刹那」
「アレルヤ・・・・・そのでかい物はなんだ?」
にこやかにやって来たアレルヤの手には大きな緑色の球体。手に下げられた紙袋からは何か布地か見える。
「お隣の沙慈くんからもらったんだ。刹那、友達いたんだね」
「いや、友達というか・・・・」
刹那は非常に世話焼きな隣に住む少年を脳裏に浮かべた。以前、これどうぞーとか言いながら鍋いっぱいの筑前煮を持ってきたことがあった。特に迷惑はしていないので放っているのだが。
「こっちのは浴衣っていう日本の伝統衣装なんだって。ルイスさん・・・だったかな? その人にもらったんだ。色々衝動買いしたけど着ないからって」
紙袋には紺色の浴衣が入っていた。あぁ、そういえば以前上機嫌で沙慈を引っ張って歩いていく浴衣姿の二人を見かけた。
「せっかくだから、刹那着てみたら? サイズも丁度いいみたいだし」
「ぼくはスイカ切ってくるねー」とキッチンに向かったアレルヤの背をぼんやりと眺めながら、紙袋の中の浴衣をどうやって着るべきが悩み始めた。
着慣れない衣服に苦戦しながらも刹那はなんとか浴衣に着替え終わった。なんだかよくわからない構造をしていたが、以前王留美に似たような服を着せられたことがあったので、その時の記憶を参考にした。意味もないお遊びだと思っていたが、意外と役に立つ。
「あ、刹那スイカ切ったよー。食べる?」
リビングに行くと、テーブルには綺麗に切られたスイカが盛り付けられた皿が置いてあった。一仕事し終えたアレルヤが満足そうな顔をしている。
「わ、刹那可愛いね」
「そうか?」
刹那が着ているのは、濃紺の浴衣を笹の葉の模様があしらわれた帯でしめたものだ。刹那には少し大きかったようで、袖ですっぽりと手が隠れてしまっている。なんとか指先だけでも袖口から出そうとしている姿が可愛らしい。
突っ立ったままの刹那をソファーに座らせ、ついでに額に軽くキスを落とした。刹那が赤面して固まっているうちにその手にスイカを持たせた。
「さ、食べよっか。塩をつけると甘くなるらしいよ」
「なぜ塩をつけると甘くなるんだ? 塩はしょっぱいのに」
アレルヤが差し出した塩の小瓶をきょとんとした顔で見つめる刹那。当然の疑問にアレルヤは困ってしまった。なぜと言われてもアレルヤにだって分からない。
「さぁ、なんでだろうね。でも本当に甘くなって美味しいよ?」
薦めると、刹那は恐る恐るといった感じで一口かじった。
「・・・・甘い」
「でしょ!」
ほんの微かだが、微笑んだ刹那にアレルヤも破顔した。
「今度沙慈くんにお礼言っておこうね。ルイスさんにも」
「・・・・・ん」
しゃくしゃくと熱心にスイカを食べる刹那を見つめながら、アレルヤは浴衣を売っている店を探そうと考えたのであった。