天井近くにつけられたスピーカーからノイズまじりのチャイムが聞こえた瞬間、ロックオンは即座にペンを手放し、大きく伸びをした。今まで睨めっこしていた用紙を回収係に渡して、ようやく人心地ついた。


 あぁ、やっと一日が終わる。





 半年経ってようやく様になった手つきでロックオンはジャケットのポケットから銀色に輝く鍵を取り出した。カードキーが主流の今、昔ながらの鍵を使うこのマンションに暮らし始めてもう半年。慣れるまでがとにかく大変だった。鍵をなくしたのも一度や二度ではない。


 ドアノブに手をかけると鍵がかかっているはずのそれは容易に動いた。朝確かに鍵をかけたはず。となると、考えられるのは。


 「ただいまー」


 半信半疑で声をかけると、数秒たって「おかえりー」と声がした。朝早く出て行った同居人が帰ってきていたらしい。リビングに入ると、どこへ行くのかもいつ帰るのかも言わないで気付いたらいなくなっていた同居人がソファーに寝そべっていた。


 「おかえり、ロックオン」


 「ただいま、刹那」


 ふわり微笑んだ彼女に、ロックオンはぎこちない笑みを返した。











 半年前、世界はようやく重い腰を上げ統一化に向けて動き出した。まだ全ての戦争は消えてはいないけれど、確実にそれに向かって動き出した世界。そんな世界をロックオンは複雑な気持ちで見つめていた。


 世界の統一が決定された瞬間。すなわちそれは、CBの存在理由が消えた瞬間でもあった。


 自分の存在理由の消滅。待ち望んだことのはずなのに、ロックオンの気分は晴れなかった。


 これからどうするのか? 家族を失っていらい、ずっと銃とMSの操縦桿しかにぎってこなかった手を顔にかざして、ロックオンは考え込んだ。


 まだ自分は16歳。未来(これから)はどうにだってなる。


 ロックオンは自分より年上の、本当に戦場しか知らない女性のことを想った。彼女はどうするのだろう。マイスターの中で一番ガンダムに執着していた彼女は。


 「・・・・刹那」


 「なんだ?」


 まさか答えが帰ってくるとは思っていなかったロックオンは飛び上がるほど驚いた。よく考えればここは自室ではなく展望室。誰かが来る事だってあるのだ。


 「い、いや、なんでも。珍しいな。刹那がここに来るなんて」


 「荷物はあらかた整理し終えたから。暇なんだ」


 隣に腰を下ろして宇宙(そら)を眺め始めた刹那の横顔を、ロックオンはこっそりと盗み見た。綺麗な赤褐色の瞳。その瞳に宿る光が好きだった。


 「ミス・スメラギは地上に降りるんだとさ」


 唐突に、ロックオンは言った。


 「アレルヤは大学入試を受けて、ティエリアはCBの月面基地でガンダムの開発をするんだって。フェルトもそこに行くって言ってたな。おやっさんとクリスティナは家族のところに行って、それから後のことはそこで考えるんだってさ」


 「・・・そうか」


 刹那は? と訊こうとしてやめた。刹那の表情が、まるで迷子の子供のように見えたからだ。


 「俺、ハイスクールに転入するんだ。もう、学校も決めた。だけどさ、未成年の一人暮らしって不安なんだよね」


 だからさ、とロックオンはうつむいたまま、刹那の顔を見ずに一気に言った。だって、


 「面倒見てくんない、リーダー?」


 彼女がどんな表情をしたのかなんて、見たくなかったから。











 「刹那、今日の夕飯なにー?」


 「海老のリゾットとヴィシソワーズ」


 「マジで。俺ヴィシソワーズ大好き」


 「だったら早く手を洗って来い」


 台所で夕飯の支度を始めた刹那に促されてロックオンは洗面所で手を洗った。リビングにもどれば、刹那から仕度を手伝うよう言われた。そのせいか、いつもより早く夕食にありつくことが出来た。


 「で、どうなんだ? 学校は」


 「んー、それなりに楽しいかな。CBで勉強させられてたから、授業もだいたい分かるし。今日の小テストも手ごたえあったし」


 出来上がったリゾットにパクつきながらロックオンは答えると、刹那は満足そうに微笑んだ。本当はハイスクールなんか行かなくても大学入試を受けられるぐらいの勉強をCBでさせられていたので、ハイスクールでの授業は退屈でしかたがない。まぁそれでも新しくできた友人と騒いだりするのはけっこう楽しいのだ。


 その日の夕食は、ずっとロックオンの学校生活の話をして終わった。





 ロックオンが濡れた髪を乾かしながらリビングに行くと、刹那はソファーに寄りかかって眠っていた。珍しい光景に近寄ってみると、刹那のまわりには大量の雑誌が積みあがっていた。


 それらは全て求人雑誌だった。


 複雑な表情でロックオンは適当に手に取ったそれをめくる。ずらりと記載されている求人広告のいくつかには赤い丸がつけてあった。


 彼女もまた、『平穏な生活』を求めてあがいているのか。


 ロックオンは雑誌を元に戻すと、すやすやと眠る刹那の顔を眺めた。自分より年上のくせに、寝顔はまるで幼子のようだ。


 健やかな寝息を漏らす刹那の唇。ふと思い立って、ロックオンは赤く艶やかなそこに自分の指を置いてみた。刹那はまだ目覚めない。


 恐る恐る、薄く開いたそこに自分の唇を近づける。刹那の寝息が頬をかすめて、心臓がドクリと高鳴った。


 「・・・ん・・」


 瞬間、ロックオンはばっと刹那から体を離した。どうやらただの寝言だったようで、刹那は少し身動ぎすると再び寝息をたて始めた。


 「・・・っ、かっこわる」


 額に手を当てて吐き捨てるかのように呟いた。心臓の鼓動がうるさくて、思わず自分の胸を叩いた。


 変わろうとしている彼女とは違って、自分は何一つ変わってはいない。ひたすら恋焦がれてきた、あの頃から。そのくせいざとなると何も出来なかった、あの頃から。


 まだ、自分の心はこんなにも弱い。




 

















 お題はイデアさんよりお借りしました。