獅子のようだとも、無邪気な子供のようだとも思った。金に染めた髪は確かに獅子を連想させたし、彼の人となりを考えればその唇の下に牙となった犬歯がありそうだと、噂が流れるのも無理はなかった。しかしこちらを見降ろしてくる視線は、ショーウィンドウの越しにおもちゃを見つめる子供のそれと酷似していた。忙しない人、と帝人はそんな感想を吐息と共に漏らした。


 そっと人込みに紛れたまま遊戯室から抜け出す。こちらを見つめる金髪の男に興味はあったが、好奇の視線にさらされるのは勘弁願いたかったし、まるでそそくさと逃げるように退室していった集団に、帝人は個人的に用があったのだ。


 「わざわざ機械の配線いじくったりプログラム書き変えたりしたのに、無駄に終わって残念でしたね?」


 廊下の隅に固まってひそひそやっていた集団が、ばっと弾かれたかのように振り返る。突き刺さる視線は決して好意的とはいえないが、全てを受け止めた帝人は―――――微笑んで見せる。


 『微笑め(わらえ)


 かつて帝人に、そう言った男がいた。


 『君は弱い。どうしようもなく弱いよ、帝人くん。いくら鍛えても筋肉つかないし、的の真ん中を狙ってるはずなのに空飛んでるカラス撃ち落とすし、もう笑っちゃうよね!』


 そう言って盛大に嘲笑った男がいた。


 『弱いなら弱いなりに自己防衛しなよ。じゃないと君、死ぬよ? ヒトの悪意は在るだけで君を押しつぶして、どこか高い場所から君を突き落とすだろうね。だからさぁ―――――微笑め(わらえ)


 悪意も善意も殺意も敵意も害意も好意も何もかも全てを受け入れて、そうして微笑むのなら、その笑みは武器になる。敵を貫く矛になり、衝撃を弾く盾になる。だから帝人は微笑む。これ以上ないくらい綺麗に、不遜に、尊大に、微笑んで見せる。


 「別にあなたたちがしたことを恨んでいるわけでも罵りたいわけでもないんですけど、方法が、問題なんですよ。ハッキングは見逃せません。だって、見逃したらスカウト制度の意味がなくなってしまうでしょう」


 距離を詰めながら話す間も、帝人の笑みは揺るがない。詰め寄る帝人に対して距離を取る人もいれば殺気立つ人もいる。対応はばらばらで、それだけでその集団の程度が知れた。その様子を見て面白いともつまらないとも思っていない自分に気がついた帝人は、ふと、あの人ならどうするのだろうかと思った。面白がるのか落胆するのか、帝人にはわからないがきっと、何も感じないということだけはないと断言できた。


 「その程度の悪意だったんですか」


 階段から突き落とすわけでもなく、根も葉もない噂を流すわけでもなく、いちゃもんをつけて絡んでくるわけでもなく、ただ、大勢の人間の前で苦しませようとする、その程度。そんなちっぽけな、悪意。


 どうしようもなく、腹が立った。


 「どうせ、お前がコネかなんかでここに来たんだろっ! あの折原中佐のお気に入りだから――――」


 「へえ、そんなふうに思われているんだ、俺」


 激昂して帝人へ掴みかかろうとした男の動きがぴたりと止まった。男が背を向けている通路から、まるで空気からわき出してきたかのように男がひとり、にやにやと笑っている。美しい男であったが、見る者全てを不愉快にさせてしまうその笑みが、男の美しさを台無しにしていた。


 折原中佐、と集団の中の誰かが、まるで悲鳴のように呼んだ。


 「まあ俺が君たちにどう思われようが帝人くんがどれだけ憎まれようがどうでもいいんだけど、そうだね、ちょっと訊きたいことが2,3個あるから。別室へ移動してもらえるかな?」


 その言葉を聞いて踵を返した者もいた。しかし、男がかつんと踵を踏みならした瞬間、それが合図であったかのようにぞろぞろと出てきた屈強そうな男達に囲まれて、あっというまになすすべもなく連行されていった。彼らがこの後どうなるのか、わからないはずがない帝人は疲れたようにひとつ、溜息を床に落とす。


 「どうしてあなたが出てくるんですか」


 「君が殴られようが犯されようがどうでもいけどね、傷害事件とか起こされると面倒じゃん」


 危ないなあ、と帝人の手の内にそっと忍ばせておいたボールペンをするりと奪い取った。何もかも全て自分の手のうちだと言わんばかりの男に、帝人はこれみよがしに舌打ちを漏らす。


 「養い子が粗相起こしただなんて、俺、嫌だからね」


 「・・・・・・・わかってますよ、臨也さん」


 養い子、の単語に帝人の眉間にしわが生まれる。戸籍上では違う人間になっているが、間違いなく臨也は帝人の養父であり、帝人は臨也の養子だ。6しか歳が違わない臨也のことを、父だと思ったことは一度もない。きっと、臨也だった同じだろう。


 おいで、と呼ばれたわけではないが、帝人は黙って臨也の後ろについた。まるでそうあることがごく自然であるかのように、共に歩く。


 「君を引き抜きたいって要請がいくつか来てるよ。たぶん今週末には君の配属先が決まるんじゃないかな? まあ、最終決定をするのは俺なんだけど」


 「臨也さんにお任せします。どこかいいとか、そういうのありませんから」


 どこに行ってもやることは同じだ。人間を使って効率的に人間を殺せばいい。どんな上司がいようがどんな部下を割り当てられようが、やることは変わらないのだから。


 (ああ、でも)


 獅子のような男。彼の部下にはことさら好戦的な女性がひとり、いると聞く。彼自身も無敗を誇る兵士だ。どんな隊なのか興味はあったけれど、すぐに霧散して消えた。帝人がいるべき場所は10年前から決まっている。今更そこ以外の場所に行きたいとも思わないし、行けるとも思わなかった。





 I wonder whether this is over,too











お題は浴槽に椿さんよりお借りしました。