懐かしい声が、聞こえた気がした。
「・・・・?」
「あれー、どうしたんですか?」
「え、あ、今何か聞こえた気がして・・・・気のせいですね、きっと」
可愛らしく小首をかしげるヴァスティさんを笑顔で誤魔化すと、私は食事を再開した。『私』を見てくれる同性の人ということで、私はもっぱらヴァスティさんと一緒に行動する事が多い。ストラトスさんも『私』を見てくれるけど、彼はガンダムマイスターとして忙しいのだがら、無理に付き合わせるわけにはいかない。
「そうですか。きゃっ、またAランチですぅ! もう飽き飽きですぅー」
「ふふふ、でも栄養はばっちりですよ」
「毎日こればっかじゃつまらないですぅ。久しぶりに地上に降りて美味しいものを食べたいですぅ」
ぶーぶーですぅ! と唇を尖らせるヴァツティさん。妹みたいな娘、とはまさにこの人のことだろう。妹が欲しいと思っていたわけではないけれど、ヴァスティさんと一緒にいるとお姉さんになったような気分で、少し楽しい。
「日本経済特区にとても美味しいドーナッツ屋さんがあるんですぅ。知ってます? トーフを使った珍しいドーナッツがとても美味しいんですぅ」
「トーフ・・・? いいえ、知りません。私、あまり外には出なかったので」
嘘。あまり、なんてもんじゃない。私が行けたのはあの屋敷の限られた部屋、それと中庭だけだった。外にだなんて、一回も行ったことはない。
「そうなんですか!? ビックリですぅ。それじゃつまらなくなかったんですか?」
「・・・・いいえ、つまらないだなんて、思ったことは一度もありませんでした」
これは本当。いつだって隣にはアニューがいてくれたし、彼女が傍にいられない場合でも、誰かしら私の隣にいてくれた。いつだって寂しくなかったし、いつだってつまらなくなかった。
「限られた世界・・・・・箱庭でしたけど、私にはそれくらいがちょうど良かったんですよ。本物の世界は広すぎて、物が溢れていて・・・・・・押しつぶされてしまいそう」
「あぅー・・・もうちょっと簡単に言ってくれないと、わからないですぅ」
頭を抱えて唸るヴァスティさんは、失礼だけど、お馬鹿っぽくてちょっと可愛い。私は笑顔を取り繕って「分からなくていいですよ。独り言ですから」と言った。
「うぅ・・・ちょっぴり自分がお馬鹿だと認識したですぅ。あ、大変ですぅ! パパの手伝いに行かないといけないんですぅ!」
ヴァスティさんは大慌てでランチを口に突っ込むと、トレーを回収場所において「それでは失礼するですぅ!」と元気よく走っていった。いつみても騒がしい子だ。でも、嫌な騒がしさではない。
「失礼する」
「っ!」
今までヴァスティさんが座っていた席、つまり私の向かいにアーデさんが座った。とたん、私の身体に緊張が走る。あぁ、この人はすごく苦手だ。
この人は『刹那』を知ってるはずなのに、どうしてだろう、ちゃんと『私』を見ている。・・。違う、『私』を通して『刹那』を見ているからこそ、ちゃんと『私』が『刹那』ではないとわかっている。
私はこの人が、すごく苦手だ。
「トレミーには慣れたようだな」
「ええ、おかげさまで。皆さん、とてもよくしてくださいますし」
無難な言葉で一応は返事をする。アーデさんは「そうか」とだけ言うと、黙ってランチを口に運んだ。私もさっさと食べ終えて部屋に帰ろう。
「・・・・イノベイターたちは、君には優しかったようだな」
「っ!? さっきの話、聞いて・・・・」
「盗み聞きではない。聞こえただけだ」
白々しいと思う。盗み聞きも聞こえただけも、結局は同じ事なのだから。白々しすぎて、反論する気さえおきない。
「イノベイターの姫。それが君の役割、か。解せないな。なぜ、姫という位置につかせておきながらも、記憶を消してまで戦場に放り込んだのか」
「それは私にもわかりません。それも計画の一部だったんじゃないんですか?」
「だとしても、戦場で君が死んでしまったら元も子もない。だいたい、イノベイターたちは反対しなかったのか」
「そんなの・・・」
反対してくれたに、決まっている。
あの日の出来事なんて、今だって鮮明に思い出せる。
記憶を消された日。白衣の人たちに腕をつかまれ、むりやり変な部屋へと連れて行かれた。それで私の記憶は終わっている。覚えているのは、白衣の人たちの、興奮したような瞳。
まるで、これから実験を行う試験動物を見ているかのような、あの瞳。
あの人たちはいつだって、私をそんな目で見ていた。もちろん、皆のことも。だから私は、あの人たちのことがあまり好きではなかった。
でも、他の皆は違った。
私が目を覚ました時、アニューは抱きしめてくれた。ブリングは微笑んでくれた。ヒリングは頬にキスしてくれた。ディヴァインは頭を撫でてくれた。リジェネは手を繋いでくれた。リヴァインは花をくれた。リボンズは良かったと言ってくれた。
いつだって皆は、私のことを大切に思ってくれた。
「ねぇ、アーデさん」
私から話しかけたことを奇妙に思ったのか、アーデさんが片眉を上げながら視線を私に向けた。
「限られた世界で終わるのと、本当の世界で押しつぶされるの・・・・・どちらが、幸せなんでしょうね」
真実を知って絶望するか。
何も知らないまま愛され、腐り落ちていくか。
どちらが幸福なのか、私には、全く分からない。
「それは」
アーデさんが答えを、否、自分の考えを口にしようとした、その時。
『非常事態発生! 敵MS接近中! マイスターは出撃態勢を取ってください!』
『大変ですぅ大変ですぅ! 敵さんがいっぱいですぅ! アロウズの新型もいるみたいですぅ!』
スピーカーから響く切迫した声。私なんかより、慣れているアーデさんのほうが早かった。すぐさま私の手をつかむと、食堂から飛び出す。
「君は他のクルーと一緒にブリッジにいろ! ぼくは出撃する」
「え、あ・・・はい」
アーデさんが指差した方向へ私は移動した。アーデさんは壁を蹴って移動し、あっという間にいってしまった。私も急がないと。
〈姫〉
壁のレバーに伸ばした手が凍りついた。
〈そこにおられるのでしょう、姫〉
(なん、で・・・)
聞こえるはずがない。幻聴だ。だけど、否定してしまえないほどはっきりと、その声は私の頭に響いた。
〈お迎えに、参上いたしました〉
「なんで、あなたたちが・・・・」
懐かしい声が、聞こえた。
嬉しいはずなのに、とてもとても、悲しかった。
「なんで、MSに乗っているの・・・・・」
答えなんて、聞きたくないけれど。
やさしい死体のなかで、
青く呼吸する未練が産声をあげた
お題はイデアさんよりお借りしました。