二月十四日。男性にとっても女性にとっても決戦といえる日である。


 例えそれが、世界を相手に翻弄するCBのガンダムマイスターであっても。














 その日、日本経済区東京にある刹那・F・セイエイのマンションのキッチンは戦場と化していた。


 「ロックオン、そのボウルに湯を入れたら、違うボウルを湯につけてそこに刻んだチョコレートと生クリームを入れて混ぜろ。ブランデーはその後で良い」


 「ティエリア、バターをレンジで温めておいて。少し柔らかくなる程度でいいから」


 「アレルヤ、オーブンの用意が出来たみたいだ。パウンドケーキ、もう焼けるぞ」


 「ケーキそこに置いておいたから、刹那頼んでいい?」


 「了解した。アレルヤはタルトの生地を頼む」


 「了解。バターに粉砂糖と卵黄を加えるんだったよね」


 実にテキパキと作業をこなしていく二人に、残されたロックオンとティエリアは渡された材料を手に呆然とするしかなかった。








 事の始まりはCBが誇る戦術予報士の一言だった。


 『今年のバレンタインデー、男性から女性に贈ったっていいんじゃない?』


 どうも毎度毎度女性が男性に贈るという伝統に飽きていたらしい。それにCBは女性よりも男性のほうが多い。たまには男性(お前ら)が苦労して作れ、ということなのだろう。


 幸いに、お菓子作りなどから遠く離れた存在である男性にいきなり作れと命令するほど、スメラギ・李・ノリエガは非道ではなかった。


 特別講師として意外と料理が上手い刹那が派遣され、少しでも料理経験のあるアレルヤとロックオンが選ばれ、そして「このメンバーだったら一人ぐらいお荷物がいてもいいわよね」というスメラギの言葉よりティエリアが加えられた。


 そうしてここに、CBのバレンタンデー用お菓子調理部隊が構成されたのだった。














 「あー・・・刹那もアレルヤも人使いが荒いなぁ」


 がしょがしょとチョコレートをかき混ぜながらロックオンがぼやく。お菓子作りなんて何年ぶりだろうか。昔妹のエイミーが母親と一緒にやっていたのを参加せずに遠くから見ていたが、こんなことになるのだったら参加しておくべきだった。


 隣ではティエリアがバターと格闘していた。ロックオンの見る限り、お菓子作りに使われるバターはどろどろに溶けていなくてもいいはずだ。あ、失敗したなこれ。ロックオンはそう思ったが口には出さないでおいた。


 「うわぁぁぁティエリア! 何そのバター!? どろどろじゃないか!?」


 「君が温めろと言ったのだろう」


 「だからってそこまでやれとは言ってないよ!」


 アレルヤがボウルに入ったバター(もはやただの黄色い液体となっている)を見てぎゃあと叫んだ。やってきた刹那も顔が引きつっている。


 「・・・・・・ロックオン、ティエリアと代われ。もうブランデーは入れたから、後は混ぜるだけだろ。ロックオンはバターを温めた後砂糖を加えて混ぜろ」


 刹那の指示にロックオンはかき混ぜていたボウルをティエリアに渡した。ティエリアのバターはもはや使い物ならなくて、アレルヤが「うわ、材料がもったいないなぁ・・・」と嘆いていていた。














 刹那の的確な指示もあってか、なんとか目だった失敗もなくお菓子作りは終盤へと向かっていた。残るはメインのチョコレートケーキのみだ。


 「アレルヤ、チョコスポンジを作るからココアパウダーくれ」


 「はい、これだね。手伝おうか?」


 「だったらバタークリームを作っておいてくれ。ロックオン、ティエリアと一緒にガナッシュを作ってくれ」


 「え、ティエリアと!?」


 「なんですか、そのあらか様に嫌そうな態度は」


 「や、だってティエリアだし・・・・」


 ロックオンから受け継いだチョコレートだって、乱暴にかき混ぜたせいであちこちに飛び散って後始末が大変だった。


 「・・・・さすがにガナッシュくらいだったらティエリアでも大丈夫だろ・・・・う?」


 「なんで疑問系にするんだ、刹那!」


 不安要素ありすぎなティエリアはロックオンに任せ、チョコスポンジに取り掛かろうとしたときだった。


 「やぁ、ハニー! わざわざ私のためにハート型のチョコケーキを作ってくれるとは! 身に余る光栄だよ!!」


 窓の外に変態がいた。


 「「「「・・・・・・・・」」」」


 換気のためにと開けておいた窓をすぐさま閉めようとした刹那がだが、グラハムの手がすばやく伸び刹那の腕を掴んだ。


 「!?」


 「あぁ、ハニー。そんな日本の行事に便乗せずとも、君の愛を受け止める用意はすでに出来ているさ。さあ、私の胸に!」


 あ、鳥肌が。


 「そこの変態! 刹那から手を離せ」


 立ち向かったティエリアのおかげでグラハムの手は離れたが、この変態をこのままにはしておけない。


 「ティエリア、伏せろ!」


 「!?」


 刹那の声に反応したティエリアが身体を下げると、刹那はグラハム目掛けて湯煎のボウルを投げつけた。中には熱湯はもちろん、溶かし途中のチョコレートも入っていた。それを顔面にくらったグラハムは堪らず後ろへ後退る。


 「ロックオン、アレルヤ! 今だ!」


 「「りょ、了解!」


 その声に我に返ったアレルヤとロックオンはあらん限りの力でグラハムを蹴っ飛ばした。ちなみにグラハムの背後にあった窓は空いていて、刹那の部屋は四階だ。


 


 気味の悪い台詞を残しながらグラハムは落ちていった。頼むから諦めてくれ。その場にいる全員がそう思った。

















 結局、刹那がぶん投げたチョコレートはチョコケーキに使うガッシュ用のもの。新たに作るほど材料も残っていなかったし、何より刹那たちの気力も残っていなかった。


 後日、刹那たち四人は「せっかくチョコケーキ楽しみにしていたのに!」と女性たちに叱られることとなるのだった。