拉致ってみた。
俺がつい一時間ほど前に行った行為を完結に表してみたわけだけれど、やはり動詞だけの文章じゃあこちらの意思をこれっぽっちも伝わらないのだと痛感する。主語と述語なんて基本的な文法は小学生低学年に習ったきりだ。人の記憶は作文用紙何千枚分も記憶できるのだとなにかの雑誌で読んだ気がするけれど、やはり反復しない記憶なんてあっという間に消えていくものなのだ。
閑話休題。思ったより気分が高揚しているのか、いつも以上に饒舌というか脳みそがフル回転しているのがわかる。
とりあえず主語と述語を完璧にして表現してみると、『折原臨也は竜ヶ峰帝人を拉致監禁してみた』。
俺が対シズちゃん用に用意した仮の住処であるマンションの一室のベッドの上に、足首には鎖ついでにズボンを脱がせて裾が膝上くらいのシャツを着せた帝人くんがすやすやと眠っている。というか気絶している。学校帰りの帝人くんをちょっと改造したスタンガンでえいやあっ☆とやってみた結果だ。まさに眠り姫・・・・・・・・・・姫、だよなあ、外見は。中身と性別はともかくとして。
彼が眠っているのをいいことに文字通り目と鼻の先まで近付いてみる。さすが現代っ子というか引きこもり予備軍というか、日光と決別しているのかと疑いたくなるくらい白い肌。全国の女子が羨むことだろう。帝人くんの学校って体育あったよね? 俺がいた頃とはもうだいぶ変わってしまったけれど、さすがに基礎体力くらいつけさせるだろう。だとしたら、一週間に数日は確実にお天道様が見守る中運動しているはずなのにこの白さなのか。帝人くんが日焼け止めとか使うはずもないし、ケアなしでこの白さを維持している彼はクラスの女子とかに嫉妬されて刺されたりしそうだ。
肌の白さもさることながら、まつげの長さもすさまじい。神様の手違いでうっかり男の子にしちゃいましたテヘとか言われても信じてしまいそう。着替えさせている時にも思ったけど、腰は細いし全体的に華奢だし目は大きいし、この子本当に俺と同じカテゴリーで括られている生き物なのだろうか。
前から思ってたけど、帝人くんって女装させたら似合いそうだなあ。ゴスロリとか。今度ウィッグとか化粧品とか買ってきてやってみよう。
「あ」
帝人くんの目がゆっくり開かれる。どれくらいの威力のスタンガンで何時間気絶させられるのかよくわからなかった。帝人くんの身体がそれほど頑丈にできているとは考えにくかったので、一応弱めに設定しておいた。万が一にも殺すわけにはいかない。俺は帝人くんを殺したいわけじゃなくて、拉致りたかったのだから。
たいてい目覚めて一番最初に活動を再開するのは聴覚だ。一番最後なのが視覚。防音が完璧なこの部屋にいる限り聴覚からの情報は期待しないほうがいい。頼みの綱は視覚なのだけれど、焦点の定まらないぼんやりとした彼の瞳を見る限り、すぐさま現状把握できるほどの情報は得られないだろう。おそらく、ていうか確実に寝ぼけている。
「おはよう?」
時計を確認していないから正確な時刻はわからないのだけれど、それでも帝人くんを拉致った時にはすでに夕日が沈みかけていたから、俺の挨拶が間違ってることは確かだ。やっと意識がしっかりしてきたらしい帝人くんは慌てず騒がず驚かずに俺を一瞥すると、自分の身体を見下ろしてため息をついたのち、ベッド以外なにも置かれていない殺風景な部屋を見渡した。
「ぼく、臨也さんに拉致られたんですね」
それは質問ではなく確認でもなく、ただの独り言だった。
肝が据わっている、という表現はおそらく相応しくない。諦めているわけでも達観しているわけでも悟っているわけでもなくて、彼は。
気にしていない。
拉致監禁なんて、と、。そんな些細なことなんて、と。そんな取るに足らないことなんて、と。
「ずいぶんと余裕だね」
泣きわめくか怯えるか。命乞いとまでは言わないけれどそれ相応の対応を予想していた俺は少々拍子抜けした感が否めない。そのせいか、若干緊張感というものか抜けた俺が軽口のように帝人くんの現状を指摘した。
「俺が今ここで君を殺さない根拠なんてないのに」
「理由がないでしょう」
帝人くんは言った。
「あなたはぼくを殺す理由がないから」
「・・・・・でもそれで言ったら拉致る理由はあったってことになるね。それは違うよ」
俺は帝人くんを拉致る理由なんてなかった。拉致りたかったのは本当だけれど、それだって、あ、ちょっとコンビニ行ってこよう的なノリで拉致ったにすぎない。これからどうするかなんて、俺にだってわからない。殺そうとは思っていないけれど、もしかしたらするかもしれない。
「拉致る理由なんていくらでも作れるけど、殺す理由は作れませんよ。殺人はデメリットが多すぎます。臨也さんはそんなこと、しないでしょう。ていうかぼくだったら絶対しません」
「君と俺を同じものさしで測っちゃだめだと思うけど」
「同じですよ、臨也さん。反吐が出るくらいに」
帝人くんの暗い瞳。前のように輝いてはいない。汚泥のような濁った暗い瞳。そんな目をするようになったのはいつからだったかと考えて、紀田くんがいなくなった日からだとわかった。前の瞳も好きだったけれど、この、地を這うような瞳のほうが俺好みだ。そう思うとなんだか背筋がぞくぞくした。やばい。
「理由、ね。じゃあ今作った」
その瞳を見た瞬間から、彼が俺に屈服して地を這う姿が見たくなった。頭を垂れて俺に従順する。そんな素敵な彼が見たくなった。想像するだけで興奮するのだから、現実に作ってみたらどうなるのか見当もつかない。
「君を飼いならして調教して躾けて玩んで犯して弄って遊んで暴いて枯らして、ぐちゃぐちゃにするのはきっと、心地よさそうだ」
壊すのもいいけど、それじゃあ長く愉しめない。壊れるか壊れないかのぎりぎりのラインで遊んで、もう自分がなんなのかわからなくなるくらいぐちゃぐちゃにしてめちゃめちゃにして、それからゆっくり『俺』を撃ち込んでいったらいったい彼はどんなふうになるのだろう。
それを聞いた帝人くんはやはり慌てず騒がず驚かず怖がらず怯えず泣かず叫ばずただ一言。
「反吐が出ますね」
吐き捨てた帝人くんの微笑みを、やはりぐちゃぐちゃに歪ませてしまいたいと思った。
「ね、今から君は俺のモノだ」
所有物は黙って追従だけしてろ