先にこちらを読んだほうがわかると思います。











 ぽたぽたと雫がこぼれる髪を放置したままソファーに寝そべるという暴挙を現在進行形でやってのけている少女を確認した瞬間、ロックオンはものすごい速さで脱衣所に戻り両手にバスタオルとドライアーを抱えて再び居間の扉を開けた。


 「せーつーなー! 髪はちゃんと乾かせって何度も言ってるだろーが!」


 これ以上ソファーが濡れる前にバスタオルで刹那の髪を包む。そのままわしゃわしゃと水分があらかたなくなるまで拭き、手櫛で丁寧にとかしながらドライアーで乾燥させる。


 「ただでさえくせっ毛なのに・・・・あのまま寝たら、明日の朝髪が爆発してたぞ」


 「だって、面倒、だ」


 ドライアーの熱風が苦手なのか、嫌そうに頭を振る刹那を動けないように胡坐を書いた自分の膝の上に乗せてがっちり固定する。嫌そうに抵抗はするけれど決して邪魔はしないのだと、ロックオンは知っていた。マイスターは皆率先して彼女の世話を焼いているけれど、なんだかんだで一番世話を焼いてきたのはロックオンなのだ。今日だって、久しぶりの休日を使って日本経済特区に一人で暮らしている刹那の様子を見に来たのだ。来られなかった他の二人が心配したとおり、規則正しい生活は送れていないようだ。


 乾いてぴょこぴょこと跳ねてきた髪をとかしながら、今更ながらにずいぶん短くなったものだと残念に思う。彼女が髪を切って現れた時のことを思い返すと、今でもズグリと胸がうずく。


 戦士になった少女。


 戦士になるしかなかった少女。


 (髪を切って、男のふりをして、それでなにになるんだ)


 そんなことをしたって強くなれるわけではない。あれからの刹那はがむしゃらで、見ているこちらのほうが辛かった。幼少時の生活のせいで発達が遅れていてあの共同生活のおかげでどうにか成長したもののどう見ても同年代の子供よりも小さな身体が傷ついて、ぼろぼろになって、それでも進むことだけは止めなくて。アレルヤと二人で嫌がる刹那を取り押さえてベッドに放り込んだのも一度や二度ではない。


 哀れだとは思わない。愚かだとは思えない。


 だって彼女は、それしか知らないのだ。


 後退も休憩もわからない。前進するしか知らない。だから止まらない。止められない。


 「刹那」


 名を呼ぶと、刹那は返事をするではなくロックオンのほうを振り向いた。彼女は言葉で表すよりも行動で示すことのほうを好むのだ。


 「髪、また伸ばしてみないか?」


 「・・・・めんどう、だ」


 「整えるのは俺がやってやるからさ」


 「・・・・・」


 ぷいと視線をそらして刹那は黙りこくった。嫌なことは嫌だときっぱりと言うから、こんな仕草をすることは戸惑っているのだろう。嫌だ、と拒絶されなかったことにロックオンは安堵の息を吐いた。


 「俺は暑いの苦手だから、どこか涼しいところがいいな。お前は雪を見たことがないだろうから、北のほうにしようか。雪の扱いなら手馴れたもんだし」


 「なんの・・・?」


 「アレルヤが飼いたがっていた犬、マルチーズだっけ? 今度は飼ってやろうな。ティエリアが嫌がるだろうけど、がんばって説得すればなんとかなるだろ。お前だって猫を飼いたいってただこねてたんだから、ちゃんと手伝えよ」


 「・・・・・ロシアンブルーかスコティッシュホールドがいい」


 話の意味を察したのか、口元をゆるませて刹那が言う。アレルヤも刹那も昔ほど手がかからなくなったのだから、動物の一匹や二匹どうってことはない。


 「今度はちゃんとクリスマスパーティーしような。お前毎年プレゼントにガンプラ注文しやがって・・・・他にないのかよ」


 「ない」


 「即答かよ」


 誇らしげに言う刹那の髪を、すでに乾ききったと知りながらもわしゃわしゃーとかき混ぜた。ロックオン、と刹那の口から抗議の声が上がったが無視をした。


 「全部、終わったら」


 世界の改革も、武力介入も、全部、全部。


 「また四人で暮らそう、な。お前に一人暮らしさせるわけにはいかないし。それに全部終わったら」


 また髪を伸ばそうと、ロックオンは囁いた。


 「もうヘルメットをかぶる必要なんてなくなるんだ。な、いいだろう?」


 刹那の顔を覗き込むと、その未来が上手く想像できていないのか、眉を下げて視線を泳がせている。そうだろうな、とロックオンは思った。戦争と共に生きていた彼女は平和を知らない。だから平和な未来が想像できない。


 戦士になった少女を、再びただの子供に戻したかった。


 自分の膝の上に座らせたその身体を後ろから抱きしめる。あれから四年がたって刹那もずいぶんと大きくなったけれど、手を伸ばせばすっぽりとその腕の中におさまってしまうその身体に、いつだって愛しさが溢れてくる。


 短い黒髪に顔をうずめる。くすぐったい、と言われたが嫌だとは言われなかったのでそのまま続行した。ほのかなシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。


 昔と同じその香りが、ひたすら胸をえぐった。





 











 お題は自由主義さんよりお借りしました。