薄く埃をかぶりながら棚の上に置かれている写真立はどうやらガラス製のようで、うっかり落として割ったりしたらとんでもないことになるだろう。後始末とか、彼の機嫌とかが。刹那は慎重にそれを手に取ると持っていた濡れ雑巾で埃を拭った。


 写っているのはたくさんの子供たち。場所はどこかの森だろうか。皆が笑顔で手を振りながら写っている中、ひとりだけ奇妙な子供がいた。


 笑っている。けれど目が冷たい。


 柔らかそうなブラウンの髪に宝石のような翠玉の瞳をもった子供は、すみっこで冷たい笑みを浮かべていた。


 楽しくないのなら笑わなければいいのに。刹那は振り返ると後ろで棚の整理をしていた男の背に「ひねくれているな」と囁いた。


 「ん? なに?」


 「いや、お前は子供の頃から全く変わっていないようだと思ってな」


 わけがわからない、という表情だったライルも、刹那の手の中にあるものをみてばつが悪そうに顔をしかめた。


 「あー・・・・さっさとしまっとけばよかった」


 「なぜ? 良く撮れているのに。約一名、変な顔をしているやつがいるけどな」


 ずい、とライルの前に写真立を押し付けると、ライル嫌そうなしたまま「きゅうけーい」と刹那を抱き上げてソファーに座り込んだ。


 「ライル、今日中に終わらせるんだろ」


 「もう三時間もやってるだろ。少しくらい休んだっていいじゃん」


 刹那の沈黙を了承と受け取ったのか、ライルは素早い手つきで刹那の三角頭巾をはずすと、そのままぎゅうと抱きしめた。


 「そんな顔してる理由、教えてやろうか?」


 いつまでたっても写真立をはなそうとしない刹那はこくりと深く頷いた。


 「俺、写真撮られんの嫌いなんだ。確かそれ、学校の行事かなんかでどっかの山に行って、その帰りの記念撮影だったかな? いつもは適当に言い訳作って逃げてるけど、さすがにそれは逃げられなかった」


 では作り笑いとはいえ笑っているのはそのためか。大人しくしているけれど、きっと内心では今すぐ逃げ去ってしまいたかったのだろう。その様子を想像した刹那はくすり、と小さく笑った。


 「俺もいらなかったんだけどさ、見つけた母親が飾れ飾れうるさくて」


 「ああ、どうりで」


 刹那がひとりで納得してると、ライルがいぶかしんで顔を覗き込んできた。


 「写真立。お前っぽくなくて綺麗だ」


 「悪かったな」


 ぷい、とそっぽを向いたライルがまるで子供のようで。刹那は笑いながらよしよしとライルの頭を撫でた。


 「なぁ、ライル」


 「なに?」


 「俺の写真とか、ないのか? 見たら何か思い出せるかもしれない」


 一瞬だけ、ほんのわずかだけれどライルが硬直した。しかし刹那が違和感を持った頃には、すでにいつもの飄々とした笑みに戻っていた。


 「ないなぁ。俺、写真は撮るのも撮られるのも嫌いだったし」


 「そうか・・・」


 「そんなに落ち込むなって。写真以外にも、手がかりは色々あるだろ」


 がっくりとうなだれた刹那の頭を撫でると、ライルは懐からタバコの小箱を取り出した。


 「タバコ・・・・吸うのか?」


 「ん、ああ。嫌だったらベランダに行くけど? 煙いだろうし」


 「別に・・・・」


 嫌悪感は抱かない。受動喫煙という脳裏に浮かんだけれど、どうでもよかった。けれど、たったひとつ。


 (こいつは、タバコ、吸ってったっけ・・・?)


 自分が持つ彼の記憶の断片を脳裏に浮かべるけれど、どこにも彼がタバコを吸っている姿はない。


 (タバコ、は・・・・)


 パズルのピースが上手く当てはまらないような、そんな錯覚を覚える。たしかにピースは同じはずなのに、どうしてかうまくいかない。


 違和感はあった、けれど。


 「ん? 刹那、どうかしたか? やっぱベランダ行ったほうがいい?」


 慣れた手つきで紫煙を吐き出す彼を見て、刹那はなんでもないと疑問を心に封じ込めた。





 この違和感を尋ねてしまったそのとき
何かが
れてしまう気がして











 お題はテオさんよりお借りしました。