幼馴染というのはなにをするのにもやっかいな立ち位置だな、と。けらけらと笑う悪友の顎にアッパーを贈ったハレルヤは盛大に舌打ちをした。
「ちょ、歯ぁ折れたらどーすんだ! 男前が台無しじゃねーか」
「元々たいしたツラじゃねーだろ、ライル」
ぎゃんぎゃんと騒ぐライルを華麗に無視し、タイミング鳴り出したケータイに視線を移す。着メロからメールであることを知ったハレルヤは素早く本文に目を通し、思わず。
「・・・げ」
「んー? 『バイトで遅くなるので、刹那の家で夕飯食べといて』。彼女ん家で二人っきりとは。チャンスというべきか、地獄の試練というべきか」
「勝手に人のメール見てんじゃねぇ」
後ろからひょっこり除いていたライルに頭突きを食らわして再度地面とのキスを余儀なくさせた。ライルが痛みに悶えているうちに自分のバイクのエンジンをかける。
「ハレルヤ、さっさと行動しねーとやばいぜ? いくら幼馴染っつったって、高校生ともなりゃいつまでも続く関係とは言えねーんだから」
「・・・・・うるせー」
悔し紛れに出した台詞は、茜色のアスファルトに落ちて砕けた。
なにがどうなってこうなったのか、それを知る手段があるのなら今すぐ教えて欲しいとハレルヤは切実に願った。
荷物を置きに帰った自宅のリビング、アレルヤが気に入っているオレンジのソファーの上でなぜ隣に住む幼馴染がぐっすり寝ているのだろうか。鍵はかけていたはずだが、彼女はハプティズム家の鍵の隠し場所など熟知している。それより問題なのは。
「・・・・・なんつー格好してやがんだ、こいつは」
いつも男物のジーンスとシャツで過ごしているはずの彼女が、今までに見たこともないような可愛らしい格好をしている。薄い水色の袖なしワンピースは一目で彼女の高校の制服ではないとわかったから、少なくともこれが学校指定の制服で仕方なく着ているとかそういう事情はないようだ。
彼女がワンピースを着ていて何が困るかというと、見えるのだ。すらりと伸びた脚までならいいが、うっかり寝返りでもうとうものなら太ももやその先のきわどいところまで見えそうで怖い。
「おーい、起きろ。刹那ぁーメシにすんだろー」
大声で呼びかけるも、よほど疲れているのか起きる気配は全くない。確か彼女は帰宅部のはずだったが。
「せーつーなーメーシー」
こうなればやけくそだと、ハレルヤは刹那の耳元に唇を寄せて大声で叫んだ。少し視線をそらせば刹那の薄く色付いた唇とか細い首筋が見えそうで、ハレルヤは必死に目を閉じた。
「おーきーろー」
「んぅ・・・・うるさい」
いい加減ハレルヤの喉が限界を訴えてきた頃、ようやく刹那がぼんやりと瞳を開けた。赤褐色のそれがゆっくりと辺りを見回し、すぐそこにあるハレルヤの顔を確認するとぱちくりとしばたかせた。
「ハレルヤ?」
「なんで疑問系。質問したいのはこっちのほうだっての」
むくりと起き上がった刹那はようやくここがどこだか思い出したのか、ぽん、と手を打った。
「ハレルヤ、夕飯にするぞ。アレルヤが冷蔵庫の中身を好きに使っていいというから、わざわざこっちにきたんだ」
「お前ん家レトルト食品しかないからな」
「そのレトルトも昨夜全て親父に食われた」
「マジか」
暗い顔でぶつぶつと父親に対する恨み言を呟き始めた刹那に、ハレルヤは慌てて「それじゃあ」と質問を変えた。
「その格好なんだよ」
「これか」
スカートのすそをつまんで刹那は渋い顔をする。そのような服は刹那の私服の中ではみたことがない。
「俺の友人に王家とハレヴィ家の令嬢がいることは話したよな」
「ああ、金銭感覚のぶっとんだお嬢様たちのことだろ」
「今日でようやく終了したテスト期間を祝して買い物だ、とルイス・ハレヴィが発案。それに乗じたネーナ・トリニティが明日皆でナンパをされに行こうと提案。だったら明日のデート服を買おうと王留美が立案、というわけだ。王家がパトロンをしているブランド店につき合わされた」
「で、その格好か」
「ああ。テスト明けでテンションが高くなっている彼女らの相手は大変だった・・・・」
思い出したのか、刹那が疲れたようにため息を吐いた。ハレルヤはそのお嬢様方に会ったことはないが、ネーナ・トリニティとは面識がある。彼女の兄とは親しいし、刹那の家でくつろいでいるとよく彼女がアポなしでやってきたりしていた。
「少し待っていろ。今何か作る」
「あ、俺も手伝うぜ」
「いや、お前は頼むからじっとしていろ」
じろり、と強く睨まれてハレルヤは無言でソファーに座った。自分の料理の腕前は自覚しているつもりだったが、今のかなり酷い扱いには少し傷ついた。年上のプライドとか、かっこいいとこ見せたいという希望とかが。
うすオレンジのエプロンを羽織った刹那が手際よく調理を進めていく。リビングでその背中を眺めながら、ハレルヤは遠慮がちに口を開いた。
「ナンパ、されに行くのか」
「ああ、断りきれなかった。洋服までもらってしまったしな」
断ってくればいいのに、とハレルヤは思ったが、刹那が唯一負けるのがその友人達なのだから、仕方がないのかもしれない。
「どうせ、俺なんかをナンパする酔狂な奴もいないだろう。気楽に楽しめばいい」
刹那が後ろを見ないことをいいことに、ハレルヤは盛大に渋い顔をした。彼女は自分が他者、とくに男の目にどんな風に映るのか全く気付いていない。だからいくら幼馴染とはいえ男の家であんなにも無防備に寝るのだ。
16歳なんて、もう立派な女だ。少なくともハレルヤにとっては、もう昔のような男の子と間違えられるような小さな子供には見えない。
本当は、行くなと叫びたい。その可愛らしい姿を素直に褒めたい。だけど幼馴染である自分に、彼女を束縛する権限はなく。兄弟のように接してきた自分に、今更そんな歯の浮いたような台詞が言えるわけもなく。
一番彼女の近くにいられるこの立ち位置が、ハレルヤを苦しめ続ける。
「ハレルヤ、できたぞ。皿をもってこい」
「おう」
料理片手に薄く微笑む刹那に気付かれないように、そっとなにもかも全てを胸のうちにしまった。
痛い立ち位置
(だけど、この位置が心地良いんだ)