孕めばいいのに、と。
耳朶にやわらかく囁かれたその言葉と、それを囁いた男の表情があまりにも正反対で、刹那は説明を求めて小首をかしげた。薄暗い部屋のベッドの上、鍛え抜かれた裸体を隠す事もなく、アレルヤは刹那の首筋に咲く所有痕に口付けた。
「君が女の子だったら、ここに僕の子を宿す事が出来たのに、ね」
「男の俺では、不満か?」
刹那の腹部に手を当てて、アレルヤはくすくすと笑った。情事後のけだるい身体の、上半身を起こして刹那は隣で寝そべっているアレルヤの顔を覗き込んだ。
「まさか! 男でも女でも、ぼくは君を愛しているよ」
だけどね、とアレルヤは微笑んだ。
「君がぼくの子を孕んだら、君を一生ぼくのもとにしばりつけておけるだろう?」
アレルヤは刹那の腹部を撫でる。そこに宿るはずのない我が子を、慈しむかのように。
「しばりつけて、一生はなさないで。君をぼくのものにできるのになぁ」
アレルヤは刹那の腹部に頭を寄せる。だがどんなに耳を澄ませても、そこから鼓動が聞こえることはない。刹那は瞳を閉じたアレルヤの頭を優しく撫でた。
アレルヤの言う事が、本気なのか冗談なのか、刹那には判断できない。願望だというにはその口調はあまりにも軽く、冗談の類に分類するにはその瞳に宿る光はあまりにも強すぎた。
刹那とて、望んだ事がないわけではない。
彼の子を、孕む事ができなら、と。
男である自分でも、彼を受け入れる事ができた。でも、男である自分では、彼の子を産むことはできない。
その事実は、不安と恐怖となって刹那の奥底へ沈殿していった。暗くよどんだ、苦しみとなって。
彼が自分から離れてしまう悪夢を、何度も見た。その度に、悪夢の名残に咽び泣き、嗚咽を漏らした。
自分が、女であったら。
彼の子を、孕む事ができたら。
彼を一生、しばりつけておけるのに。
「何がおかしいのさ、刹那」
咎めるような声。けれどその声は、自分の夢を笑われたて拗ねた子供のような、そんな響きを含んでいて。思わず刹那はくすり、と小さく笑った。
「そりゃ、叶うはずがない馬鹿らしい望みかもしれないけどさ、ぼくは真剣に」
「好きにすればいい」
遮る刹那の声は静かで、けれど歓喜に溢れていた。
「俺をしばりつけておきたいのなら、すればいい。俺をお前のものにしたいのなら、すればいい」
顔を上げたアレルヤの頬を、刹那の手が優しく撫でる。
「俺を孕ませたのなら、好きにすればいい」
「・・・それ、本気かい?」
「もちろん」
怖々と尋ねたアレルヤの頬へ口付けて、刹那は貴重な笑顔を彼に送った。
胎児の夢に色はあるか
お題はルナリアさんよりお借りしました。