周りは歓喜の声に満ち溢れていた。誰もがみな声を張り上げ、中には感極まって涙を流しながら抱き合っている者たちまでいる。いつもならくだらない、と一蹴する神田も今回ばかりは目元を和らげた。聞こえる歓声は宿敵の滅亡を祝う叫びなのだから。
神田はゆっくりと歩みを進めながら、共に戦った、そして共にこの戦果を祝いあう少女を捜した。今回の戦いでもっとも活躍した彼女は、人目を引く純白の容姿をしているはずなのだが、なぜだろう、中々見つからない。
捜し歩くうちにいつしか周囲に人影はなくなり、先ほどまでの喧騒が嘘のような静けさに満ちていた。
そんな場所にぽつん、と純白の少女が佇んでいた。
「アレ・・・・」
最後の言葉は出ることはなかった。振り返った少女は不釣合いな道化の仮面をはめていたからだ。三日月のような形の口がやけに禍々しく感じる、薄気味の悪い仮面だった。
〈キミハナニヲノゾム〉
仮面のため、動いたのがアレンの唇かどうかはわからなかったが、周囲に自分たちふたりしかおらず、しかも自分は声を発してはいないのだから、必然的に今の台詞は彼女のものという事になる。
しかしその声はいつものアレンの声とは全く。違う、老人のようにしわがれた、そのくせどこか艶のある、とても人間の口から出せるものとは思えない声だった。
「なにを・・・」
〈キミハ〉
気がつけば、アレンは神田の顔を下から覗き込むように目の前に立っていた。
〈セカイノオワリデ、ナニヲノゾム?〉
「お前は・・・・・」
神田は手を伸ばす。自分の考えを証明するために。目の前に立つ少女を確かめるために。
「お前は、誰だ?」
神田の指が、仮面に触れた、その刹那。
宙に散った欠片は道化の仮面。神田、と囁かれた声は最愛のもの。
「さようなら」
その台詞に、神田の心臓が凍った。
さらさらと砂がこぼれるように、アレンは、消えた。
「アレン!」
「なんですか、突然」
がば、と身を起こした神田はたっぷりと1分はかけて自分の状況を確認した。見慣れた、殺風景な自分の部屋のベッドの上。夢か、と呆ける神田に辛辣な言葉が投げつけられた。
「なんですか、って聞いているんです。せっかく呼びに来てあげたのに、のんきにぐーすか寝てますし、かと思えばいきなり人の名前を叫びながら飛び起きたり。君、頭の病院行ったほうがいいんじゃないですか?」
「なんでお前がいる・・・・」
隅の壁に寄りかかっていたアレンは呆れたように息を吐くと、ベッドに腰掛けた。
「次の任務、君とぼくが担当らしいですよ。で、説明があるからって呼びに来てあげたんです」
「そうか・・・・」
時計すらないこの部屋では時間の経過など分からないが、どうやらずいぶんと眠っていたらしい。ばつの悪い顔をする神田にアレンが「そういえば」と話しかけた。
「君でも悪夢とかみるんですね。うなされていましたよ」
「だったら起こせよ」
「起こしてよかったんですか?」
ことり、と小首をかしげてアレンは言った。本気でわからない、という顔だった。
「うなされてんだから、みたくねぇ夢に決まってんだろ」
「え? ぼくはうなされてもみたい夢、ありますよ」
薄く微笑んだアレンの瞳は、どこか遠くの情景を見ているかのようだった。
「もう夢でしか、会えませんから」
誰、とはアレンは言わなかったし、神田も聞かなかった。聞く必要はなかった。しばしの沈黙のあと、またしてもアレンが無邪気に尋ねた。
「ねぇ、どんな夢だったんですか? きみがうなされるなんて」
その問いに神田は目を伏せると、ゆっくりと夢の残り香に思いをはせた。その後、低い声で終わりだ、と答えた。
「世界の終わりを、みた」
そう、確かにあれは世界の終末だった。例え皆が喜んでいようとも、宿敵が滅びようとも。
たったひとりの消滅が、神田にとっては世界の終わりなのだから。
神田は手を伸ばす。捉えた身体は、今度は消えない。処女雪に銀を溶かし込んだような髪に口付け、そのまま相手の唇へと自分のそれを落とした。
「珍しいですね、君が甘えるなんて」
「珍しいな、お前が抵抗しない」
意地悪く返すと、アレンはそうですね、と微笑んだ。滅多にない機会だから、と神田はそのままアレンを押し倒した。腰にまわした腕を背中まで伸ばし、力を入れて抱きしめる。あの光景が夢だと、確かめるかのように。
涙すら凍るその絶望