合格おめでとう、と打ち込まれたPDAに帝人は目を丸くして、しかしすぐに微笑を口元に浮かべてありがとうございますと言った。容赦なく身体に突き刺さる二月の風に辟易しながら、隣に座る首なしライダーは影の衣一枚きりで寒くないのか少し心配になった。じっと彼女の身体を凝視していると、視線の意味に気付いたらしいセルティが肩を揺らしながら『わたしなら大丈夫だ』と打ち込んだ。


 『人間より頑丈にできているからな。それより帝人のほうが心配だ。立ち話もなんだから座ったけど、やっぱり屋外は寒いよな』


 「いえ、ぼくも大丈夫です」


 風が吹くとはいえまだ日が高い時間帯だから、それほど寒いわけではない。公園の遊具で元気に遊びまわる子供たちを眺めながら、帝人は再度セルティに礼を言った。


 「合格のこと、誰から聞いたんですか?」


 『杏里ちゃん。良かったじゃないか、ふたりとも同じ大学に合格したんだろう』


 「ええ。園原さんは推薦だったんですけどね」


 杏里に遅れること数カ月、ようやく固まった進路の道に自然と帝人の顔もほころぶ。受験勉強の際には、差し入れやら激励の言葉やら世話になった感謝の意を示すと、セルティは気にするな、というように帝人の頭を撫でた。


 『それで、合格のお祝いパーティーはいつがいい? それとも卒業するまで待って、両方を含めた盛大なやつにする? どちらにせよ、鍋パーティーだけど』


 「いつのまに決定したんですか、そんなこと」


 『ふたりともあれだけがんばったんだからな。ここはひとつ派手に騒ごうと、新羅が計画しているんだけど』


 「卒業後でいいですよ。あと、そこまで大きくなくても。フツーに鍋パーティーすれば」


 『わかった。けどパーティーには静雄も呼ぶつもりだから、臨也に来るなって言っておいてもらえるか? うちを戦場にしたくないんだ』


 「いいですよ。どうせ、調子に乗ってふたりだけで祝いたいって騒ぐに決まってますから」


 なんとなく、少しの間だけふたりの間に沈黙が満ちた。それが自分の恋人の名をきっかけにしたこともセルティがわざとその人名を出したことにも気づいていたが、帝人はあえてなにも気づいていないふりをした。セルティはしばらくの間、無意味にPDAをいじくったりもじもじしたりやたらと居心地が悪そうにしてたが、やがて素早くPDAに影を走らせた。


 『帝人は本当に、卒業したら臨也と同棲する気なのか?』


 セルティの挙動不審っぷりから推測するに、おそらく本題は卒業パーティー云々ではなくこちらだろう。帝人は苦笑すると、肯定のために静かに首を縦に振った。


 「今までも休みのたびにお互いの家を行き来してたんですけど、めんどくさくって。しかも今学校は自由登校なんで、ぼく、ほとんど臨也さん家に泊まりっぱなしなんですよ。だったらアパート引き払っちゃったほうがいいかなって」


 あんなおんぼろアパートでも家賃はかかるのだから、どうせ引っ越すならもっと交通の便が良くて住みやすい場所がいい。両親にも前々から引っ越しをほのめかすような発言をしてきたから、突然転居を伝えても慌てるようなことはしないだろう。彼氏と同棲、という事実を伝えにくいことが唯一の問題だけれど。


 『・・・・知ってると思うけど、一応言っておく』


 セルティには首がないので、表情を読むとか、そういった方法で彼女の心境を察することはできない。これが長年連れ添ってきた新羅なら話は違うのだろうが、しりあってまだ片手で数えられるほどの年月しか経っていない帝人には、その場に漂う雰囲気や彼女のしぐさからなんとなく理解する程度しかできなかった。


 『あいつは性格最悪の駄目男だぞ』


 「承知の上です」


 『だろうね。だったらなんで、よりにもよってあいつだったんだ?』


 ふぅ、と深呼吸をする。この手のやり取りは門田や杏里などを相手に腐るほど行われてきた。それでも帝人は自分の恋人がそんなことを言われても仕方がない人間だとよく理解いているので、腹を立てることもなく静かに答えを述べた。


 「臨也さんは確かに性格ねじくれ曲がっていますし嫉妬深いし変なところで子供っぽいしウザいしどうしようもないくらい駄目な人ですけど」


 それでもたったひとつだけ、顔以外に帝人が惚れたところがある。それは確認したわけでも臨也の口から直接証言を得たわけでもない、ただの帝人の考えなのだけれど。


 「臨也さんはそれでも、ぼくを幸せにはしなくても不幸にだけはしない人ですから」


 幸せにしてくれるかなんてわからない。臨也が帝人の幸せをどう捉えているのか、そもそも帝人自身明確な形で幸せを認識していないから、どんな生活をしたらそれを幸せと呼ぶのか、呼べる日が来るのか、帝人にはわからない。だから臨也は帝人を幸せにはしてくれなくても、不幸にだけは絶対、どんな手を使っても代わりにだれを不幸にしても帝人だけは必ず、しないでくれるだろう。


 別に今幸せではないから不幸なのだというわけではない。だから幸せにならなくてもいい。


 『帝人はたまに、仙人みたいなことを言うな』


 「あの人の彼女を三年もやっているんですよ」


 十代にしてもう六十代の爺婆の心境だと笑うと、セルティは『・・・・・・・』とPDA打ち込んで己の複雑な心の内を伝えてきた。帝人の身を案じてくれたセルティには申し訳ないが、帝人は臨也と別れるつもりもないし、臨也も決して許してくれないだろう。


 「静雄さんはもっと露骨に別れろって言うんですけどね」


 『まあ、静雄がそう言うのも無理ない。私は帝人がそれでいいなら何も言わないけど』


 セルティは肩を震わせると、突然がばっと帝人を抱き寄せてわしゃわしゃと髪の毛を撫でまくってきた。いきなりの熱すぎる抱擁に帝人が目を白黒させていると、すっと目の前に『心配だ!』と打ち込まれたPDAが差し出された。


 『付き合っているって知った時も心配したけど、今回はそれ以上だ! 疲れたらいつでもうちに帰ってきていいからな! 家事とか面倒だったら全てあいつに押し付けてしまえ!』


 「セルティさん、苦しいです・・・・」


 『ああ、ごめん。でも本当に心配だから。なんだろう、これがよく言う娘を嫁にやる父嫌の心境というやつか・・・・?』


 「いや、セルティさんはぼくのお父さんじゃないですし。ていうか女性ですし」


 『うちを実家だと思っていいから! 新羅も大歓迎するぞ』


 抱きしめる力は弱まったものの、いまだに帝人の顔はセルティの胸元に押し付けられたままだ。女性らしいふくらみがもろに顔にあたって、自分のそれとはかけはなれた弾力に羨ましいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちになる。まるで幼子を愛でるようなセルティの抱擁に、帝人も彼女の腕を抱いて微笑んだ。


 「じゃあ臨也さんに愛想が尽きたら、いつでもお邪魔させてもらいますね」


 『ああ。杏里ちゃんも呼んで、お泊まり会なんてのもいいかもしれないな』


 「それは楽しみです。じゃあぼく、迎えが来たみたいなのでこれで失礼します」


 帝人が指で示す方向に視線を向けたセルティが渋々と帝人から身体を離す。自由を得た帝人は軽やかにベンチから立ち上がると、セルティに爽やかに手を振って別れる。そのまま、射殺しそうな視線をデュラハンにびしびしと向けている臨也のもとへと歩く。


 「そんな怖い顔している人の隣は歩きたくありませんよ」


 「怖くもなるよ。同性だから浮気にはカウントしないけど、いい気分じゃないし」


 「妖精相手に嫉妬するのはどうかと思います。相手はセルティさんですよ? ほほえましく見守ることすらできないんですか!?」


 「無理」


 「言いきったよこの人!」


 やだもうこの人めんどくさい! 大声でそう叫びたかったけれど臨也がぎゅううううと帝人を抱き寄せてきたので、叫ぶ代わりに彼の足を思いっきり踏みつけて己の感情を表した。痛みか帝人の感情を酌んでかはわからないが、臨也は手を離したが代わりに無理やり帝人の左手と己の右手を絡み合わせる。


 「恋人つなぎとか、いちいちやることウザイです」


 「振り払わないでよ。周りに見せつけてるんだから」


 「ほんと、嫉妬深いうえに心の狭い人ですね」


 「褒め言葉?」


 「脳みそ腐ってんですか?」


 しかし帝人は振りほどくようなことはせず、ふてくされたような顔で歩き続ける臨也を盗み見た。拗ねてはいないようだけれども、それでも十分、機嫌を損ねていて面倒なことは確かだ。さてどうしたものかと悩んだ帝人は、とりあえずつないだ手にぎゅうと力を入れてみる。普段なら気持ち悪くなるくらい相好を崩す臨也だが、今回は眉をそっと動かしただけだ。


 「・・・・・ずいぶんとご機嫌ななめですね」


 「セルティには抱きつかれても嬉しそうだったのに、俺がやったら足踏むし」


 「ぼくにだって羞恥心くらい装備されてるんですよ」


 いちゃいちゃしたいのはよくわかるが、場所と時をわきまえてほしい。同性同士のハグぐらいなんでもないが、それが異性となれば話は別だ。自宅などならまあ構ってやらないこともないのだが、それを今言ったところで何にもならない。


 「セルティとなにを話してたのさ?」


 「臨也さんが駄目男だって話です」


 嘘をつく気はなかったので、帝人はさらりと端的に話した。とたん、臨也が再び不機嫌そうな顔になる。駄目男だという自覚はあるくせに、面と向かって言われるとさすがに良い気分ではないらしい。


 「だからぼくがちゃんと面倒見ないといけませんねってことですよ」


 臨也が虚を突かれたように目を見張る。その反応があまりにもむかついたので、帝人は乱暴に臨也の手を引きながら速度を速めた。薄々気づいていたが、普段好きだ愛してると騒ぐ臨也は、言うことには慣れているが言われることには慣れていない。たまに帝人がデレると決まってこんな顔をする。この顔が、帝人は嫌いだった。


 「臨也さんがぼくを好きって言うのと同じくらい、ぼくも臨也さんが好きじゃ駄目だって言うんですか?」


 「言わないし大歓迎だけど。なにこれ? デレ期?」


 「そーゆー気分なんです」


 それに、と帝人は急に立ち止まると、呆けたような顔の臨也を見上げて言いきった。


 「ぼくの両親に話をつけてもらわないといけないので、せめてぼくくらいは味方になってあげようと思ったんですよ」


 精々がんばってくださいね、と激励とも叱咤ともつかない言葉を投げかける。さすがに自分の肩書きの怪しさを理解しているらしい臨也の渋い顔を眺めながら、帝人は臨也の敵の多さを再認識した。池袋の喧嘩人形から首なしライダーまで様々だけれど、一番の敵はきっと自分の両親だろう。そう思うから、帝人は臨也が四苦八苦して同棲の許可をもぎとってくるまでは優しくしてあげようと、柄にもないと分かっているけれど決めた。





 そんな世界のっこで何見てるの   











 お題は骸に花さんよりお借りしました。