一過性の快楽の後には決まってけだるさを伴った鈍痛が襲ってくるのだから、そろそろ自分も歳かと強く思う。国語教師の名分を突き付けて強奪した狭い国語科準備室の床にずっと寝転がっているのも嫌だから、のそのそとなめくじじみた動きで壁に背をつける。動くたびに腰が痛むが、顔をしかめるのも億劫で、こちらに手を伸ばしてくる男の行動が気づかいからだとわかっているのに、わずらわしく感じてしまう。
その手をうっとおしそうに振り払うと、まるで静電気にでも触れたかのように、びくりと男の肩が震えた。
「大丈夫だからさ、お前、もう教室戻れよ。そろそろ昼休みも終わるだろ」
「・・・・先生は、どうするんですか?」
その『どうする』が露わになった下半身を汚す液体の処理についてだと、わかってしまったから余計に銀時は面倒だと感じる。終わったらさっさとスッパリいなくなって欲しい。これはいわゆる、身体だけの関係なのだから、こうも心配されたり気づかったりされるのは、なんだか嫌だ。
「いつもみたいに済ませるさ。ほれ、さっさといった。成績優秀で品行方正な学級委員長サマが授業に遅れちゃ、かっこつかないぜ?」
「俺、そんなふうに思われてんですか?」
ふっ、と男が苦笑する気配がした。銀時は決まって、コトの後は相手の顔を見ないことにしているから、本当に男が笑ったのかはわからない。けれどなんとなく、豆を焦がしすぎたブラックコーヒーよりも苦そうな笑いだと思った。
少し身動きするだけで腰が痛み、股の間でにちゃ、と不愉快極まる感触がする。これだけは何度繰り返したって慣れるものではないし、慣れたくもない。
「先生」
そっと男の、年下だとは思えない大きく細い指が銀時の頬に触れた。
「俺、先生が思っているほど品行方正じゃ、ないですよ」
男のこちらを射抜くような視線を感じながら、銀時は心の中で、知ってるよ、と吐き捨てた。
銀時が学校という限られた空間でいかにコトの処理をしているかというと、なんてことはなく、幼馴染の男が主として好き勝手している保健室に備え付けられている簡易風呂で手短に片付けているだけだ。
「んっ・・・ぁあ」
怪我人や病人のための小さな浴槽の中に立って、蛇口から出てくるお湯を使いながら汚れを落とす。妊娠しない男相手にゴムを使うことなんて頭の隅にもない男のせいで、自分の指を使って処理をしないといけないのだから、面倒を通り越して虚しくなってくる。
「ぅ・・くっ」
どろり、と身体の中から自分のものではないものが出ていく感触に鳥肌が立つ。何もかもが気持ち悪い。ぬめる体液も、自分のナカに指を突っ込まなくてはいけないこの行為も、あの男の肌の温度も、何もかも。
手早く処理と着替えを済ませて、空いているベッドに寝転がる。清潔なシーツは心地よく、けだるさが続いていたこともあって、うっかりこのまま眠ってしまいそうになる。
しゃぁぁぁ、と銀時を隠していたカーテンが開けられて、頭上から聞きなれた男の声が聞こえてきたときは、けっこう本気でこのまま寝てしまおうかと思った。それをすると後々とんでもなく面倒なことになったりするのでやらないけれど。
「盛りのついたガキ相手によくやるよなあ、銀時」
人によっては嫌味に聞こえてしまうかもしれない声は、けれど銀時には慣れたもので、もはや何も感じない。罪悪感も背徳感も、なにも。
顔を枕に埋めたまま、銀時は視線すら上げずに反応を返す。午後の授業も半ばを過ぎた今、この保健室にいるのはふたりだけ。元気だけが取り柄な生徒ばかりのこの学校で、保健室を訪れる人はほとんどいない。その閉鎖された空気が、銀時にとってはどうしようもなく心地よい。
「あのガキ、お前のクラスの学級委員だろ? んでもって剣道部の副部長。成績はいつも上位で女にも人気がある。珍しいな、お前がそんな奴を相手にするなんてよ」
「別に。欲しがってたから、いる?って声かけてただけ」
悪びれもなく銀時は呟く。確かに彼は銀時が相手にするような男ではなかったかもしれない。昔は後腐れなくできるような男ばかり、選んでいたから。年下を相手にしたこともあるけれど、話のわかる大人と青春真っ盛りの高校生とでは、同じ年下でもレベルが違う。
いつからだっったのかはわからない。だが、気づけばあの男はいつも銀時を見ていた。それが段々熱っぽさを帯びてきたから、ああ、こいつ俺とヤりたいんだな、と思った。だから少し鎌をかけて、誘ってみた。身体だけならあげるよ、欲しい? それは銀時の常套句であったけれど、男はそんなことも知らずに、銀時に手を出した。
ただ時折、なにか苦しそうな顔をして、いつも以上に熱を孕んだ視線で、銀時を射殺す。
「若いってすごいよなあ。俺、高校生の時だって学校じゃシなかったし。今時の子ってスゲー」
くすくすと笑いながら、目をつぶる。どうせ午後はもう出なくてはいけない授業もないから、いっそ気が済むまで寝てしまおう。もう襲ってくる睡魔に抵抗することさえ、面倒なのだ。
そう決めて本格的に寝る体制に入ったのに、そっと銀時の髪に触れる手の感触が、心地よい睡眠の邪魔をする。だが尋ねるのも面倒なので無視をする。触るな、と言いたい。体温が、感触が、気持ち悪い。
「銀時、てめえは昔っからこれっぽっちも変わりゃしねえ」
当たり前だろ、と銀時は声に出さずに吐き捨てた。この幼馴染とはもう、二十年以上の付き合いになる。たった二十年ぽっちで人が変われるものか。くだらない。気持ち悪い。もう、なにもかもが。銀時の淫行を咎めるわけでもない幼馴染の声も、時折なにを思ったのか髪を撫でる感触も、自分の物とは違う煙草の香りも。それから、銀時に苦しそうに触れてくる、年下の男も。全てが気持ち悪くて、仕方がない。
罪悪感はすぐ後ろ
お題は207βさんよりお借りしました。