バタン、と扉が閉まる音に続いてバタバタと走る回る足音、諦めたようなため息、がちゃがちゃと何か陶器のようなものを動かす物音を聞きながら、さっき壊したティーカップ、いくらぐらいするのだろうかなど非常にどうでもいいことを考えた。昔その持ち主に値段を考えるぐらいなら壊すなと言われたけれど、銀時の破壊衝動は何歳になっても収まる気配をみせなかった。
ぱちり、と暗闇に包まれていた部屋が瞬く間に照らされる。ぬくぬくと他人のベッドにもぐりこんで惰眠をむさぼっていた銀時には強すぎる光だった。うわぁ、と小さく叫ぶと呆れたようなため息がひとつ、部屋のドアのほうから聞こえた。
「ヅラ、お帰り」
「ヅラじゃない桂だ。ただいま。・・・・とりあえず、帰ったら居間が台風にでも直撃されたような有様になっていてその犯人が勝手に俺の寝室で寝ている理由を十文字以内で答えろ」
「むしゃくしゃしたから」
要求どうりぴったり十文字で答えてやったというのに、部屋に入ってきた桂は額に手を当てながら「お前に正当性を要求した俺が間違っていた」などぶつぶつ呟いている。あれーやっぱあのティーカップ高かったのかなとかなんとか思いながら、せめてもの謝罪を口にした。
「反省はしている。けど後悔はしていません」
「おい、その台詞はお前が俺の部屋を荒らすたびに聞いた気がするぞ」
「気のせいだろ。とうとうボケたか、ヅラ」
「ヅラでもないしボケてもいない」
無意味なボケと突っ込みを繰り返すのに飽きたのか、桂は鞄を床に落とすとコートを脱いでイスにかけた。コートくらいポートスタンドにかければいいのに、と言いかけて、そういえばそのポートスタンドは自分が真っ二つにへし折ったことを思い出した。
「銀時、夕飯は済ませたか?」
「まだ。だけどなんかいらないや、気分的に」
「そうか」
「ヅラは?」
ヅラじゃない桂だ、といつもの答えと共に頭を叩かれた後、お前が食べないのなら俺もいらんと桂は銀時が横たわるベッドに腰掛けた。
「だったら寝るか? 久しぶりに一緒に寝ようぜ」
「お前は何歳だ。というか、お前泊まっていくつもりか?」
「んーなんとなく、とうぶんはいようかなって」
今のところ自分の帰る場所となっている、義父の親戚の家を思い浮かべて銀時はへらへらと笑った。世話になっている彼らに不満があるわけでも冷遇されているわけでもない。きちんと三食食べさせてもらっているし、大学にも行かせてもらえている。そもそも帰りたいわけではなくて、ここにいたいだけなのだ。
桂はそうか、とだけ呟いて嫌な顔ひとつしなければ、理由も聞かなかった。銀時が時折ふらりとやってきては部屋を荒らした挙句何日か居座るという行動をとり始めてからもう十年以上経つけれど、いつだってこの幼馴染は壊した品々の弁償を求めることもしなければ、なぜ壊したのかと声を荒げて問いただすこともしない。
銀時はおもむろに桂の全世界の女性が嫉妬するであろう黒く艶やかな髪を引っ張った。抜ける禿げるやめろと悲鳴のような叫びを無視してぐいぐいと、それは豪快に。
「もう寝ようぜ」
「まだ風呂に」
「明日の朝でいいじゃん」
「せめて着替えを」
「明日の朝なー」
とりゃっ! と乱暴にベッドの中に引きずり込んで、ぶつくさ文句を言っている桂の顔面に枕を押し付けた。さすがにいい年した大人がふたりももぐりこむにはベッドがやや小さかったけれど、ぴったりと背中合わせに転がれば何の問題もなかった。
「まったく、お前という奴は何年経っても子供みたいで・・・・」
「あーあーうるさいうるさいヅラのバーカ」
「ヅラじゃない桂だ」
少しの間桂は小言を言っていたが、なんやかんや言って彼を疲れていたのだろう、すぐに規則正しい吐息しか聞こえなくなった。銀時はこっそりベッドの中を抜け出して部屋の電気を消し、今度は桂の背中を見つめるような格好でベッドにもぐりこんだ。
そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。あまりにもその言葉が唐突だったので、銀時は目を丸くすることしかできなかった。銀時、と低くかすれた声で呼ばれて。
「俺たちはきっと、長く近く寄り添いすぎた」
狸寝入りかコノヤロウと罵ることも忘れて、銀時はただ瞳を伏せた。寄り添いすぎた。たぶんそうだろう、と銀時も思っていた。
こうやって寝室を共にすることだってあるのに、それでも銀時と桂は恋人同士ではない。幼馴染、という言葉では余りあるほど、近く、長く、共にあった。ありすぎた。それを誤りだとは、決して思わないけれど。
今さら好きだとも付き合ってだとも言えないし、言おうとも思わない。そもそも、そういった関係には一生なれないだろうと、銀時は何年も前からわかっていた。この位置でいい。この位置がいい。
でも、とたまに。それは友人に恋人が出来た日だとか異性に告白された時とかにふと脳裏をかすめる仮定で、でもそれはあくまで仮定でしかないのだけれど。
たぶん、普通の男女として出会えていたのなら。
違う愛し方を、出来たかもしれない。
出来たからどうだというわけではないから、銀時はもう自分たちは一生このままでいいと思っている。そして、おそらく桂も。これが銀時のなりの愛し方で、他人に否定されようがなにされようが銀時は一生この愛を貫くのだ。
「ヅラ」
「なんだ」
呼べば答えてくれる。手を伸ばせばこうして握り返してくれる。それがいい。それでいい。何も考えたくはない、と銀時は静かに目を閉じた。
そもそも明確な答えなんて必要じゃなくて、それが愛だと証明できて、誰もが異論なくそれを愛だと定義するならそれでいい
お題はテオさんよりお借りしました。