それを見た瞬間、あまりに珍しいので思わず端末で写真を撮ってしまおうかと考えた。端末のカメラを作動させて、しかしばれたら後が怖いのでなんとか思いとどまってロックオンは端末をポケットにしまった。


 (監視カメラとか・・・・ちっ、角度的に映んねえか)


 こういう時に限って相棒として渡されたハロがいない。いつもどこでも勝手にすぐ後ろにひっついてぴょんぴょん飛び跳ねていたあのちっこい球体は、整備に必要だとかでイアンの手伝いに駆り出されている。内蔵されているビデオなら音もださずに撮影できるのに。


 記録に残せないのなら記憶に残すまで、とロックオンはその光景を網膜に焼き付けるべくじっとそれを凝視した。世にも珍しい、座ったまま熟睡している刹那の姿を。


 (こんな風に寝るなんて・・・・・初めて見たな)


 寝室を共にするようになってから知ったことだが、刹那は他人の前で寝ようとはしない。それでもよく言い聞かせればゆるゆると眠る。しかしその眠りが決して深いものではないと、ロックオンは気付いていた。


 21歳だというその寝顔は、いつものストイックさが消えてともすれば10代の若者に見えるくらい幼い。どんな夢を見ているのか、閉じられた瞼はなかなか開きそうにない。着替えようとして睡魔に負けたのか、中途半端に脱いだパイロットスーツが腰の辺りでひっかかっている。


 先ほどまで鬼のような教官に設定された仮想空間での訓練を行っていたからロックオンも含めふたりとも汗だくだ。しかしこんなにもぐっすり寝ている刹那を起こすのも忍びないが、そんな状態のまま放置していては風邪を引くかもしれない。


 「刹那、起きれるかー?」


 ぽん、と軽く刹那の頭に手を載せる、それだけで刹那はかっと目を見開いてすばやくロックオンから距離をとった。狸寝入りでもしていたのかと疑ってしまいそうになるくらいの早さだった。おうわっ、とロックオンが驚いてのけぞったが、それよりも刹那のほうが驚いているようだ。


 「俺、は・・・・」


 「おはよーさん、刹那。そんなとこで寝てると風邪ひくぞ。んでもって教官殿に怒られるぞ」


 呆然としている刹那の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。いつもなら子ども扱いするな、と怒声と共に拳が飛んでくるはずなのになにもない。


 「ロックオン」


 「なに?」


 「俺は寝ていたのか?」


 あれだけ爆睡しておきながら何を今更、と思ったが、尋ねてくる刹那の表情があまりにも真剣なので、ロックオンはその気迫に押されて茶化すこともせず頷いた。


 「どれくらいかは知らねえけど、たぶん訓練終わってからずっとじゃねえの? 着替えもしてねえみたいだし」


 「こんな、いつ人がくるかもわからない場所で? 俺が、居眠り?」


 自分の行動が信じられないのか、刹那は納得がいかないような様子だ。証拠写真でも見せれば納得するのかと考えて、やはり一枚くらい撮っておくべきだったなと今更ながらに後悔した。


 「そんなに人前に寝顔晒すのが嫌かよ」


 可愛かったのに、という本音は唇から漏れる前にしっかりと噛み砕いた。あんな無防備な姿をほいほい他人の目に晒したくないのはロックオンも同じだけれども、それでもたまには見てみたい。


 「・・・・・寝ている時と食事の時は、もっとも気が緩んで奇襲を受けやすい時だ。それなのに、こんな場所で寝るなんて・・・・・」


 どこの戦場の話だ、と言いかけて、ロックオンは目の前の青年が元少年兵だったこえとを思い出した。戦場が生きる場所であった彼にとって、他人に無防備な姿を見せることは死を意味するのだろう。


 そしてここもまた戦場だ。人とMSが殺しあう、命が散る光さえ華となる世界で最も美しい戦場。自分より片手の数以上も年下の青年は、自分よりはるかに長い年月を戦場で過ごしているのだ。その習慣が身体に染み付いてはなれなくなるくらい、長く。


 「・・・・・俺たちは何のための仲間なんだよ」


 ばかやろー、と囁いて縮こまっている刹那の身体を抱き寄せた。刹那が驚いて身を硬くしたのがわかる。彼はいつまでたっても体温が直に伝わるスキンシップに慣れない。


 「背中預けるのが仲間だろ。この中で奇襲もクソもねえよ。安心しろ、俺の隣は世界一安全だぜ?」


 茶目っ気たっぷりにウインクして笑いかける。呆けたような刹那の表情が可愛くて、あーキスしてえなーとか思ったが、かなり真面目に話をしているのでやめておいた。自ら進んで空気をぶち壊すような真似はしたくない。


 「ロックオン」


 「おう」


 怯える子供のように、ゆっくりと刹那の腕がロックオンの背に回る。ぎゅうっと体温が伝わるように刹那を抱きしめる腕に力を込めた。


 体温が、暖かさが怖いのだと彼は言っていた。


 いつの日かその温もりが消えてしまうのが怖くて、だからできるだけ他人に触れたくないのだと、自嘲気味に言っていた青年を安心させるようにロックオンは抱きしめる。大丈夫、と耳元で囁けば華奢な身体がビクリと震えた。


 涙すら戦場に奪われてしまった青年は、たった一言、ロックオンと啼いた。














 「・・・ってなことが昔あったんだけどさー」


 「それは遠まわしに惚気ているって考えてもいいの?」


 向かいの席で紅茶を飲んでいたフェルトが、スプーンを弄んでいた手を止めて深くため息をつく。こちらを見る瞳に羨望の色がよぎったことに気付いてロックオンは唇をつり上げて笑った。


 「刹那の寝顔なんて貴重なもの、どうして写真に残しておかなかったのよ。ずるい、せこい、卑怯」


 「ばれて怒られるのは俺じゃん。どうせ今は見放題なんだし」


 なあ、と隣ですやすやと眠る青年を見る。突如ふらりとやってきて昼食を取るでもなくロックオンにもたれかかりながら寝てしまった刹那の寝顔は、相変わらず起きているときよりはるかに幼い。


 「・・・・・気付いてないの?」


 「なにが?」


 本日二度目のため息に首を傾げる。気付いていないの、と問われても心当たりなど何もない。


 「見放題じゃないわ。刹那、あなたの場所じゃないと寝ないもの」


 へ、と間抜けな声を洩らす。永い眠りから目覚めてからというのもの、あっちこっちで好き勝手に寝ている刹那に、規則性などあっただろうか。


 「あなたの寝室、もしくはケルディムのコックピット、あとはあなたが隣にいるときでしか刹那は寝ないから。いつでも見放題なのはあなただけよ」


 だから添い寝も断わられてばっかり、と残念そうにフェルトは言った。


 「きっと刹那は覚えているんでしょうね。あなたの隣は安全なんだって。あなたが来る前は今以上にひどかったもの」


 「昔って、CBが活動を始めた頃か」


 「ううん、それよりも前。訓練時代。私は直接見たわけじゃないんだけど、刹那、いつもナイフを手放さなくて。寝る時もむりやり睡眠薬を飲ませなくちゃいけなかったって、ドクターがぼやいてたわ」


 その話が真実だとするのなら、今の姿はとてつもない進歩だ。昔の話は刹那自身あまり好きではないようであまり語らなかったが、それでも彼の過去とその生活からよほどのものであっただろうと推測はつく。


 なんだか急に温かい物が胸にこみ上げてきて、ロックオンは優しく眠る刹那の頭を撫でた。どんな夢を見ているのだろう。どうか、その夢が少しでも優しいものでありますように。


 「・・・・・ちゃんと守ってあげてね」


 「言われなくてもそのつもりだ」


 細く小さくなってしまった刹那の手を握り締めて、その暖かさに泣きそうになった。その瞼が開いて黄金色の瞳がこちらを見るまで、ロックオンはそうしてずっと刹那の手を握り締めていた。





 された者たちだけが知る














 お題はロザリーさんよりお借りしました。