ちらりと隣を見ると、常に落ち着いている刹那が不安げに宙に視線をさまよわせていたり忙しなく通信端末を開いたり閉じたりしている。何かしていないと落ち着かないのだろう。ものすごく居心地が悪そうで、出来ることなら光の速さでこの場から消え去りたいという顔をしている。たぶん、今の自分も同じような顔をしているのだろうとフェルトはのんびり考えた。


 「刹那、大丈夫?」


 「俺はガンダム俺はガンダム俺はガンダム俺はガンダム俺はガンダム俺はガンダム俺はガンダム・・・・・・」


 赤褐色の瞳はどこか虚ろで、ぶつぶつと呪文のように愛機の名前を呟いている。やばい。とてつもなくやばい。見てはいけないものを見た気がして、フェルトは素早く顔をそらした。とたん、フェルト自身が顔を背けていたものが視界に溢れる。


 主にピンクや水色といった淡く可愛らしい色のリボンやふんわりと揺れるレースがたっぷりと使われたヘヤバンドやストールなどの小物、ちょっと丈が短めなデニムスカートやチェック柄のパンツ、明るいたんぽぽのような色のニットワンピースなどが溢れる店内で、瞳を輝かせて商品を漁っているクリスとスメラギの姿。


 帰りたい、と。所在なさげに店内の隅に設置されているベンチに腰を下ろしているふたりの気持ちがひとつになった瞬間であった。


 「帰りたいね・・・・」


 「帰りたい、な・・・」


 なぜふたりがこんな場所にいるかというと、これ以上物価が上昇する前にフェルトや刹那の服を買いだめしておきたいというクリスティナの要望のせいだ。刹那は荷物持ちも兼ねて日本経済特区の隠れ家にいたところを無理矢理引っ張り出された。わけもわかわず連れ出される刹那の姿はとてもかわいそうだった。


 「はい、とりあえず第一弾は終了よ〜」


 クリスティナとスメラギがとてつもなく大きい紙袋をみっつも抱えて戻ってきた。あれを持たされることになるのであろう刹那の頬が大きく引きつったのをフェルトは見逃さなかった。ていうか、第一弾ってことはまだ買う気か。


 どさどさと紙袋フェルトの隣の席へと置かれる。中には服やらバッグやらブーツやらが大量に梱包された姿で収まっていた。


 「いや〜買った買った。セールっていいわよねぇ」


 「ですよね〜。ここのブランドちょっと高めなんですけど、それでもいつもよりかなり安くなってますし」


 額の汗をハンカチで拭うクリスティナとスメラギはものすごく輝いていた。こんなにいきいきとしているふたりは見たことがない。


 「あ、これ・・・・」


 なんとなく紙袋を漁ったフェルトが取り出したのは、大きな飾りがついたヘアピンだ。水色のフェザーで花の形をあしらい、所々にビーズやレースをつけてある可愛らしくも凛々しい品だ。


 「あ、それ可愛いでしょ? フェルトにいいかなって買ったんだけど、案外」


 と、おもむろにフェルトの手からヘアピンを取ったクリスティナは、それを我関せずとしていた刹那の髪につけた。


 「刹那にも似合うかなって。ほら、可愛い!」


 「本当・・・」


 わけがわからずきょとんとしている刹那は、本人には遺憾だろうけれどとても可愛い。アジアン・ビューティーとでも言うのだろうか。刹那は元から着飾らなくとも人目を引く顔立ちをしているのだ。


 「フェルト、これはいったい・・?」


 「外さないでね。刹那、すっごく可愛いから」


 髪に何かついているのが落ち着かないのだろう。眉を寄せてヘアピンをいじくる刹那にそう釘を刺して、フェルトは第二弾とやらに出かけたスメラギとクリスティナを見送った。


 「可愛いなぁ・・・ねぇ、写真撮っちゃだめ? 誰にも見せないから」


 「・・・・・・」


 刹那は渋い顔をしたものの、嫌だとは言わなかった。刹那の気持ちがわからないうちに、パシャリと一枚携帯端末で撮る。本当ならもう少し愛想の良い顔を撮りたかったけれど、断わられなかっただけ良いと諦めた。


 「・・・・楽しそうだな」


 写真を保存していると、ぽつりと刹那が漏らした。身を着飾って楽しむのは女性の特権でもあるから、男の子である刹那には理解できないのかもしれない。


 「だって刹那似合ってるから。これ、私用じゃなくて刹那のにしちゃえばいいのにね」


 「・・いや、俺よりもきっとフェルトのほうが似合う」


 止める暇もなく、刹那がヘアピンを外した。あーあ、と内心がっかりしているフェルトの髪に、刹那の指が触れた。


 「ああ、やっぱりフェルトのほうが良く似合う」


 指で確かめれば、先ほどまで刹那の髪を飾っていたヘアピンが自分の右耳のすぐ上で揺れていた。こてんと首を傾げると、刹那が薄く微笑んで。


 「フェルトのほうが、俺なんかよりずっと可愛い」


 うわー刹那が笑った可愛いなとかあれなんか聞きなれない台詞がとかこれって口説かれてる? とか色んな思いが頭の中を駆け巡る。ちょっとしたパニック状態だ。だって、ガンダム以外興味ナシな刹那がヘアピンをつけてくれて、微笑んで、可愛いって。


 ボンッ! と爆発したようにフェルトの頬が赤く染まった。驚いた刹那が眼を丸くしたのがわかったけれど、そんなことに構ってはいられない。


 (なんて、タラシ・・・・)


 可愛いと思っていた同僚は、もしかしたらものすごく可愛くてものすごくかっこいい男の子なのかもしれない。








 (なんて心臓に悪い笑顔!)














 お題はAコースさんよりお借りしました。