重たい瞼をのろのろと上げると見慣れた自分の部屋だった。はぁ、と深呼吸をして気分を落ち着かせる。心臓がうるさいくらい鳴っていて、まるで全力疾走をした後のようだ。


 たぶん、いつもの夢のせいだろう。いつも決まって見る宇宙の夢。毎回あれだけ鮮明だったはずのそれは、起きると何故か思い出せない。なぜかは、わからないけれど。


 「・・・・ヒリング?」


 毎朝私が起きるより早く部屋に侵入している女性の名を呟いた。彼女だけではない。いつもだったら朝食だよ、と優しく教えてくれるはずの彼もいない。


 「リヴァイブ? リジェネ? リボンズ?」


 連ねる名前に答えるべき人を探して、私は部屋を出た。白い寝巻き姿のまま、スリッパもはかず裸足のままぺたぺたと屋敷内を歩き回る。


 「姫、こちらにおられましたか」


 「ブリング、アニュー!」


 廊下の向こうから駆け寄ってきた、緊張した表情の赤い髪の男性と薄紫色の髪をした女性を見つけた瞬間、私は安堵の息を吐いて飛びついた。あぁ、やっと会えた。


 「みんないなくて、不安で・・・・」


 「心配をおかけして申し訳ございません、姫」


 深々と頭を下げて謝るブリングに、アニューがくすりと笑うのを見て、私もつられて笑った。ブリングはいつだっておおげさなのだから。


 「緊急の事態が起こってしまって・・・・・姫様を残していくのは不安だったんですけど、仕方なかったんです」


 「そう、なの・・・・大丈夫?」


 「ええ、今ヒリングとディヴァインが対応していますから。これから私達も行きます」


 「姫様、今日だけはお部屋にいてもらえませんか?」


 「え、でも今日は」


 なんてことだろう。昨日中庭で見つけたカモミールの茂み。そろそろ咲くであろう蕾がたくさんついていたそれを見に行こうと楽しみにしていたのに。


 「中庭のカモミールが咲き頃だったから・・・見てきちゃ駄目?」


 「・・・今日だけは、どうかお部屋に」


 「・・・・うん、わかったよ」


 彼女たちを困らせたくなくて、私は仕方なく引き下がった。アニューは柔らかく微笑んで私の頭を撫でてくれた。その感触が心地よくて、うっとりと目を伏せた。


 「姫様は撫でられるのが好きなんですね」


 『×××、君は頭を撫でられるの好きなんだな』


 ずきり、と頭に鋭い痛みが走るのと同時に、誰だか分からない声が響く。頭に手をおいてうつむくとブリングとアニューが心配そうな表情をする。そんな彼らに心配をかけまいと、私はわざと明るい表情を作った。


 「じゃ、部屋に戻るから。ブリング達、がんばってね」


 「姫様」


 とたとたと駆け出したところで、アニューに呼び止められた。


 「明日のアフタヌーン・ティーは中庭にしましょう。みんなで、一緒に」


 「うん!」


 先ほどの嫌な頭痛なんかすっかり忘れて、私は飛び跳ねるように廊下を駆けた。今日は暇だから、もう一眠りしよう。あの夢を見たから、まだ少し寝たりない。


 きっと次に目を覚ましたら、みんな帰ってきているはずだから。













 どこからか音が聞こえた気がして、私はゆっくりと身体を起こした。時計に目をやると、あれから数時間しか経っていなかった。まだ彼らは帰ってきていないのだろうか。


 再び、今度ははっきりと音が聞こえた。何かが無理矢理着陸したような、そんな音だった。ここに住み始めて四年ぐらい経つけれど、いつだって静かなこの屋敷でこんな音聞いたことがない。


 私は確かめるために部屋を出ようとしたけれど、アニューの言いつけを思い出してやめた。今日一日は部屋から出てはいけないのだった。私は窓から頭を除かせると、精一杯首を伸ばして中庭を眺めた。あのカモミールはどうなっているだろうか。


 ずっと首を伸ばしていて疲れたので、私はもう一度ベッドに横になった。本棚からいくつか本を選んで、暇つぶしにパラパラめくった。


 その時だった。部屋の外から誰かの足音が聞こえてきた。誰だろうか。この屋敷にはリヴァイブたちの人間はいないし、彼らはこんなに騒々しく歩かない。


 部屋の扉が乱暴に開けられた。そこに立っていたのは、リジェネにそっくりな、だけど彼ではない知らない男性だった。


 「・・・・・誰ですか?」


 「やっと見つけた」


 彼は大股で私に歩み寄ると、私の手首を掴んで立たせた。見知らぬ男性にいきなりこんなことをされて、普通だったら叫び声を上げるだろう。だけど、私は叫ばなかった。彼が、初対面なはずの彼が、とても懐かしく思えたから。


 「詳しい話はしている暇がない。少々手荒だが一緒に来てもらう」


 「・・・・・どこに?」


 懐かしげに彼の顔を眺めながら、私は尋ねた。アニューの言いつけとかは頭から消えていた。


 「トレミーへ・・・・・僕らのホームへだ、刹那」


 私の名前ではない名前で私を呼んで、彼は私を連れ去った。私は彼に連れさらわれた。


 中庭のカモミールの花がどうなったのか、そんなことだけをぼんやりと考えながら。







 














 これだけでは分からないだろうので補足。


 一度はやりたかったイノベイター×刹那♀です、たぶん。


 刹那はもともとイオリアの計画の核で、イノベイターの主として育てられていました(10歳くらいまで)。一旦記憶を消されてクルジスへと連れて行かれて、そこからは本編と同じです。アリーが洗脳云々、神はいない云々。そして四年前の戦闘後イノベイターに保護されました。その時記憶も戻りましたが、『刹那』としての記憶は消えました。ですのでほとんど別人です。口調も変えてます。でも『刹那』は彼女の中で生きているので、軽い二重人格状態です。


 ぶっちゃけると、ただ単にイノベイターたちに刹那を姫と呼ばせたかっただけだったり。CP要素薄めの、こんな関係の刹那+イノベイターが好きです。



 お題は夜風にまたがるニルバーナさんよりお借りしました。