設定を亥兎さんよりお借りして書かせていただいている、死ねない帝人くんです。
途中グロテクスな表現があるので、閲覧する方はご注意ください。また、閲覧後にご気分を害されても、当サイトは責任を負えないことをご了承ください。
竜ヶ峰帝人という少年はどこからどうみてもただの少年であったし、本人も意識してそう振舞っていた。彼は非日常的なものや事件が大好きだが、非日常は眺めて楽しむものであるという信念のもと、決して中心人物として動くことは無く、観客という位置に立ち続けることを絶対としていた。
だから帝人にとって折原臨也と平和島静雄という非日常生産機のような人物は、百メートルくらいの距離を保ちながら眺めるべきものであって、間違っても彼らに追い掛け回されるようなことにはなっていけないのだ。そう、絶対に。
「というわけなので今すぐ視界から消えてください、臨也さん」
「酷いなー。俺はこんなにも善良な一般市民なのに」
「寝言は寝てから言いましょうね。静雄さん、臨也さんを永眠させてあげてください」
「よしきた」
さっそく静雄が手身近にあった標識を引っこ抜く。まるで槍か何かのように標識を振り回しながら臨也を追いかける静雄を眺めながら、でもあれ税金で作られているし修理費もきっと税金なんだろうなぁ、とか非常にどうでもいいことを考えた。
突然ぴぴぴぴ、と耳障りにならない程度の音量に設定されたコール音が帝人のポケットから響く。取り出した携帯電話を手馴れた手つきで操作すると、読んでいるだけで視力が落ちそうになるくらい長ったらしくてうざったいメールは親友からで、要約すると暇だから一緒に夕食でもどうか、という誘いの言葉だ。
「そういえばそろそろそんな時間か」
携帯電話のディズプレイに表示された時刻は午後七時を示している。空腹を感じることはないけれど、親友の誘いを断わる理由もない。
「メールか」
「はい。正臣がご飯食べようって」
「正臣ってあの金髪か。仲良いんだな」
「そうですね」
静雄に指摘されて、改めて帝人は親友を脳裏に浮かべる。交流のある人はそこそこいるけど、正臣と園原は特別だ。特に、正臣は。
「正臣はぼくを見つけてくれた人ですから」
彼と初めて会った瞬間を思い出して、帝人は小さく笑った。臨也を追いかけることに飽きたのか諦めたのか、隣に立った静雄が火のついていない煙草をぶちっと噛み千切った。
「最寄り駅まで送ってく。最近が物騒だからな」
「え、いいですよ、そんな」
「そうだよ、帝人くんは俺が送るんだから」
「黙ってろやウジ蟲!」
どこから湧き出したのか、帝人のすぐ隣からひょっこり顔を出した臨也めがけて静雄が標識を投げつける。帝人の頬すれすれにものすごい勢いで投擲されたそれを臨也はなんてことないように軽く避けた。
「危ないなあ、帝人くんが怪我したらどうするの? そんなことも考えられないの? 考えられないのか。シズちゃんだもんね。単細胞だもんね」
危ないのは静雄ではなく臨也のほうではないかと反論しかけたが、その言葉を遮るように静雄が怒声をあげて臨也に向かって駆けていった。どこから失敬したのか、手には『工事中』と大きく書かれた黄色と黒の馬鹿でかい看板を提げている。
「また公共物壊してる・・・」
根はいい人なんだけどなあ、と帝人はため息をつく。この短気がなければ、否、臨也さえ絡まなければ静雄は無害で善良なカテゴリーに入る。なんだか全ての元凶が臨也に見えて、帝人は疫病神かなにかを見るような視線を静雄と格闘する臨也に向けた。
「静雄さーん、そこだと危ないですよー」
ふたりが乱闘しているのは、現在取り壊し工事を行っている廃ビルのすぐ近くだ。側には工事に使うであろう機材が置かれ、クレーンなどの起重機が設置されている。さすがに鉄骨を振り回されたらこちらまで危ない。静雄と臨也がそろった瞬間、周囲から人影という人影全て消えたので、この場合巻き込まれるのは帝人しかいない。
とにかくふたりを宥めようと、帝人は静雄が砕いたコンクリート片などを避けながら近付いた。スコップやら看板やらナイフやらが交差する空間へ、怪我しないように慎重に気を使いながら。
「あははははっ、どこ見て投げてるの? 節穴? シズちゃんの目って節穴?」
「消し飛べえぇぇぇっ!」
漫画かアニメの世界でしか見られないような光景が目の前で繰り広げられている。それに気を取られてすっ転んだ帝人の頭上を、静雄が砕いたコンクリートの塊が弾丸のように通過していった。当たったら怪我どころの騒ぎではない。普通の人間ならたぶん死ぬ。頭が消し飛んで死ぬ。
「おふたりとも、いい加減に」
してください、との声は聞こえなかった。ぎぎぎ、と錆びついたなにかが無理矢理こすれて動くような、耳に痛い音が帝人の声を消す。へ、と間抜けな顔でその音源を捜して上を向くと、はるか頭上で鉄骨を吊るした赤銅色の古い鎖が悲鳴を上げている真っ最中だった。もとから古かったそれに静雄の投げたコンクリート片が命中して限界を迎えたのだろう。
「帝人!?」
「帝人くん!?」
らしくないふたりのあせった声と同時に、ぎぢ、と鳴る金属音。静雄と臨也が慌ててこちらに駆け寄ってくるのが見えたが、帝人は努めて冷静に、来ないで、と唇だけ動かして伝える。
瞬間、何十本もの鉄骨が帝人の小さい身体を押しつぶした。
もし神がいるのだとして、それがこの世の全てを動かしているのならば、その瞬間静雄はそいつを見つけ出してぶっ殺すと決めた。
(なんで帝人なんだなんで俺じゃないんだ帝人は関係ないだろ殺すなら俺だろ悪いの俺だろだからどうかどうか)
小さな少年を助けようと駆け出した足はあまりにも遅く、伸ばした腕は無情にも届かない。帝人、と叫んだところで彼が無事でいられる可能性は限りなくゼロに近い。
すさまじい轟音を立てて鉄骨が降りそそぐ。静雄は見てしまった。降りそそぐ鉄骨のひとつが、帝人の小さな身体を押しつぶした瞬間を。押しつぶされた身体から噴出した紅が静雄の頬と周囲を汚し、べちゃ、と生々しい音をたててピンク色の肉塊が飛散した瞬間を。土埃が充満する中でも確かに匂う濃厚な鉄錆の臭いが帝人の血液だとわかった瞬間、静雄の胃がひっくり返りそうになった。
「みか、ど・・・・」
返事はない。当たり前だ。竜ヶ峰帝人は死んでいた。骨を砕かれ、内臓を撒き散らし、血潮で周囲を真っ赤に染めて、竜ヶ峰帝人は死んでいた。
静雄が初めて見る、世にも無残な圧死の瞬間だった。
つい数分前まで普通に話して、笑って、触れていた人間の死。
好いている少年の死。
認めたくない、とわめく感情は、しかし血と脂と土にまみれた彼の衣類によって、もはや血と白っぽい骨とわけのわからない肉の塊でしかない物体が竜ヶ峰帝人なのだということ認めざるをえなかった。
「う、ぁ」
口の中に嫌な味の唾液が溢れて、その感触に吐きそうになる。直前になにか胃にいれていたら、おそらく静雄は耐え切れずに嘔吐していただろう。
いつかこうなるのではないかと思っていた。帝人はあまりにも普通の人間で、バケモノである静雄が関わったら死んでしまうのではないかと恐れていた。それでも帝人がなんてことないように挨拶をしたり言葉を交わしたりするから、いつのまにかそれが当たり前になっていた。
忘れていた。静雄はバケモノで、帝人のようなか弱い存在と触れ合ってはいけない生物なのだということを。
「みかど・・・」
応える者はないとわかっていても、静雄はその名を口に出さずにはいられなかった。服が汚れるのさえ厭わず、その場に膝を着く。少し横を見れば同じように臨也が呆然としている姿が目に入っただろうが、今の静雄の視神経はそんなものを映さない。
「みかど」
「はい」
べちゃ、と湿った音と共に聞きなれた少年の声がして、静雄はとうとう自分が発狂したのだと思った。その声はまぎれもなく竜ヶ峰帝人のもので、もう二度と聞けないはずのものであった。
けれど視界に入ってきたそれをみて、静雄は限界まで己の目を見開いた。
すずず、と肉がうごめいている。びちゃ、と血溜まりの中をうろうろしているのは、血の気を失って白くなった帝人の腕である。まるでなにか探しものでもしているかのように自然に、肘の辺りから千切れてその断面をさらしている腕は動いていた。
「あ、あったあった」
静雄の目の前に誰かが立った。それはたった今目の前で鉄骨に押しつぶされて死んだはずの帝人で、片腕がなく着ている衣類が所々破れ血に染まっていることさえ除けば、さきほどとなんら変わらない、やさしく微笑む帝人だ。
「こんなとこまで飛ばされてたのか。見つかってよかった。なくしたら面倒だもんなあ」
まるでなくしたケータイを見つけたような、そんな軽いノリで帝人はうごめく腕を拾い上げると、それを己の左肘にくっつけた。骨と筋繊維と血管をさらす、見るもおぞましい断面へと。
ぬちゃ、ぐちゃ、ずずず。
粘土同士をくっつけるかのような仕草で、帝人は己の腕をくっつけた。もういいかな、と帝人が右手を離す。血と脂でてらてらと光るそこには、傷ひとつ残ってはない。
「あんまり見てると、お肉が食べれなくなりますよ?」
「っ!?」
いたずらっぽく帝人が笑う。その頬が血で汚れていなければ、静雄もいつもどおりに笑えていたかもしれない。
「みかど・・・なの、か?」
「ほかに誰がいるって言うんですか? ていうか、移動しません? 人に見られたくないんですよね、この身体」
ちょっと困ったように眉を寄せて、帝人が己の身体を見下ろす。確かにこの現場を誰かに見られて警察でも呼ばれたら、誤魔化しきれる自信はない。
「動きにくう・・臨也さん、すみませんけど上着貸してもらえませんか?」
「え、あ、うん。いいよ」
まだ混乱しているのだろう臨也が、帝人に言われるがまま上着を渡す。帝人には大きいそれは膝まで隠し、帝人の姿をなんとかただの少年にまで変えていた。
「ありがとうございます。たぶん汚しちゃうだろうから、弁償しますね」
「や、別にいいんだけどさ・・・・帝人くん」
会話しているうちに落ち着きを取り戻したのか、それでも若干優れない顔色のまま口を開いた臨也が、珍しくも慎重に言葉を選びながら話す。
「君・・・・・何者?」
静雄と臨也の疑問がたっぷり詰まったその質問に、帝人は小さく微笑んで。
「さあ? 人間以外のなにかですね、たぶん」
その顔はしかし、静雄には不安に怯えて泣いている子供のそれに見えた。
殺葬
お題は選択式御題さんよりお借りしました。