『* 君に殺されるならそれも良いかと、少しだけ本気で思った』 ライ←刹











 なぜ、と刹那は思う。なぜこの兄弟は、家族の仇を目の前にしても殺さないでいられるのだろうか。刹那にとって家族の仇とは自分自身なので想定して考えることは難しいが、例えばアリー・アル・サーシェスが目の前にいたのなら、自分は躊躇うことなく引き金を引くだろう。


 「なぜ」


 疑問はそのまま唇から流れ出た。ん? と目の前を歩いていたロックオンが振り返る。その飄々とした顔は、以前自分に銃を向けた彼の兄とそっくりで、じくりと小さく胸が痛んだ。


 「なぜ、俺を殺さない?」


 別に殺して欲しいわけではなかった。ただ不思議で仕方がなかったのだ。彼の兄は、銃口を向け当たりはしなかったものの発砲までした。そこまでしたのに、殺さなかった。


 「なにお前、死にたいのか?」


 「いや、理由を知りたいだけだ」


 理由、ねぇ・・・とロックオンは思案顔で頭をかく。ポケットから取り出したタバコを、けれど艦内喫煙ということを思い出したのか顔をしかめて戻す。


 「逃げる理由にされたくなかったから、かな」


 その台詞は刹那の心を的確に射抜いた。反論しようとして、けれど言葉が出ない。声の出し方を身体が忘れてしまったかのように、刹那は不自然に口をパクパクさせる。


 「自己満足で死ぬんじゃねえよ。せめて死ぬんだったら全部終わってからにしろ。お前にはその義務があるだろ。全部やりきって、そうして俺に殺されろ」


 自分は逃げたかったのだろうか、と刹那は考える。わからない。逃げ道なんてないと思っていた。けれど確かに、彼に殺されるということは逃げ道になる。全てから解放される、たったひとつの手段でもある。


 だけどそれは許されない。変革を促した者として、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして。途中退場なんて認められない。必ず、生き残って世界を変えなくてはならない。這いつくばろうが辛酸を舐めようが、戦場にでなくてはならない。それは確かに、苦しくてつらくて逃げたくなる。


 黙ってしまった刹那に、ロックオンは笑った。


 「お前がその命いらねえって言うんなら、俺がもらってやるよ」


 ロックオンは右手で銃の形を作り、とん、とそれを刹那の心臓部分に押し当てる。ばぁん、と彼はふざけて笑った。


 「はい、死んだ。ってことでお前は俺のものな。嫌だって言っても許さねえし離さねえから」


 物騒な台詞をロックオンはいつもの飄々とした顔でぽんぽん言う。顔と台詞のギャップが激しすぎる。話の展開についていけなくて思考ごとフリーズした刹那に、ゆっくりその言葉は浸透していく。


 なぜか気持ちが楽になった。ゆっくりと手のひらをみれば、赤く跡がついていた。爪が食い込んで跡がつくくらい、自分でも知らないうちに力が入っていたらしい。


 (俺の命が、ロックオンのもの)


 まいったな、と思う。これでは勝手に死ねなくなった。無駄に死ぬつもりはないけれど、例えば自爆だとか、皆が生き残るためだったら刹那は命を掛けることもいとわない所存だったのに。


 困っているのに、刹那の唇はゆるく弧を描いている。こちらに背を向けて歩き出したロックオンに続きながら、自分でも気付かないうちに刹那は笑っている。


 (あの時は、まだ)


 殺さないのか、と尋ねた時は、まだ。


 (殺されてやる、つもりはなかったのに)


 なぜだろう、ほんの数分のやり取り、ただそれだけで。


 (ライル・ディランディ、アンタになら)


 自分の命が彼のものであることに、刹那は心の底から微笑んだ。





 君にされるならそれも良いかと、少しだけ本気で思った


 (絶対に口に出すことはしないけれど)








 お題は群青三メートル手前さんよりお借りしました。

















 『*哀しすぎる世界の真ん中でカナリアは啼く』 アレハレ←刹








 ぼすんと身を沈めたベッドはスプリングがそこそこきいていて程よく身体が沈む。襲い掛かってくる睡魔に瞼が重なりかけるのをなんとか阻止して、刹那はごろんと仰向けになって天井を見つめた。


 組織としてようやく活動を再開したCBだが、よくもこれまで存在し続けてられたものだと感心したくなるくらい人手が足りない。第一線でがんばってきたティエリアには迷惑かけたな、と刹那は息を吐いた。


 忘れないうちに通信端末でロックオン宛にメールを送る。内容は先ほどまで行っていた訓練についての注意事項と明日からの訓練内容だ。かろうじてMSの登場経験はあったものの、素人であるロックオンの教育は全て刹那が担当している。ティエリアにも手伝ってもらいたいのだが、あの二人を一緒にさせるとたいていロックオンがティエリアをキレさせて訓練どころではなくなるので仕方がない。


 送信完了の文字がディププレイに表示されたのを確認し、ゆっくりと端末の電源を切ろうとした指が止まる。ディスプレイの端っこに表示された数字の羅列に鼓動が少し速まった。


 勢いをつけてベッドから飛び起きる。端末を操作してアラームを設定すると、刹那は部屋を出た。


 もうそろそろ日付が変わる時間帯に、出歩いている者は誰もいない。耳に痛いくらいの静けさの中、ただ己が作る足音だけが空しく響いた。


 たどり着いた部屋にロックはかかっていなかった。刹那の部屋にあるのと同じベッドと机、それに衣装棚。必要最低限のものしか置かれていないそこには人の気配など微塵もない。それでも定期的に掃除されているらしく、塵ひとつない綺麗な部屋だ。この部屋の持ち主がいつ帰ってきてもいいように、との配慮だろう。


 「アレルヤ、ハレルヤ・・・・」


 いまだ使われない部屋の主の名を囁きながらベッドに横たわる。五年ぶりに帰ってきたホームに、彼らの姿が見えないことにまだ慣れない。たぶん、これからもずっと。


 生きているのか死んでいるのか。いまどこでなにをしているのか。CBの優秀な情報網を持ってでさえ行方がわからない。刹那は情報収集などできないから黙って報告を待つしかない。もしくは彼らの無事を祈るか、だ。それがもどかしくて悔しくて。


 喉が張り裂けんばかりに名前を呼んでも。必死に手を伸ばしても。溢れる雫が頬を濡らしても。声に応じ、手を握り、頬を拭ってくれる人はいないのだと絶望だけが胸を打つ。


 それでも、いつか、また。


 名前を呼んで、手を繋いで、その笑顔を向けてもらえる日がくることを願っている。そんな未来を夢見ている。掴み取ろうと努力している。


 ポケットの中で端末が甲高いアラーム音を響かせた。片手でそれを止めると刹那は瞳を閉じた。声には出さず、唇だけ動かしてカウントダウンを刻む。5、4、3、2、1。


 「ハッピーバースディ、アレルヤ&ハレルヤ」


 ありがとう、と幻聴が聞こえた。





 哀しすぎる世界の真ん中でカナリアは


 (鳴いています、啼いています、泣いています。だから早く帰ってきて)











 お題はカカリアさんよりお借りしました。











 『*甘いのどっち?』 ライ刹








からころと舌を使って口内で甘ったるい物体を転がす。舐めれば舐めるほど甘みが口いっぱいに広がるそれはミレイナからもらった飴玉で、ポケットの中にはもらった飴玉やチョコレートでいっぱいになっている。欲しそうな顔してたですぅ、と言われてとても恥ずかしかった。そんな顔しているつもりはなかったのに。


 男には珍しいかもしれないが、刹那は甘いものが好きだ。子供の頃、どんなに食べたくても食べられなかった反動なのか、いい歳した大人になっても甘味類は好んで食べる。行ったことはないが、実は喫茶店などでパフェなどを食べてみたいと思っている。さすがに男がひとりで注文するには恥ずかしい食べ物なので、今度フェルトかミレイナあたりでも誘って行ってみようか。


 口内で飴玉が消えたことを確認すると、刹那はポケットからチョコレートを取り出して口に放り込んだ。でろっと溶け出すカカオの甘みを堪能しながら、収容されている愛機を見上げた。


 「せぇーつなっ」


 甘ったるい、口内で溶けているチョコレートと同じくらい甘ったるい声が響く。愛情やら恋情やら詰め込めるだけ詰め込んだ、その声だけで胸焼けしそうだ。振り返らなくても誰だかわかったので、刹那は視線をガンダムに固定したまま、二個目のチョコレートを口に運んだ。


 「刹那、なにそれ?」


 整備でもしていたのか、油まみれのつなぎに油まみれの手袋を装着し手にはスパナを持ったロックオンが、珍しい物でも見るかのようにチョコレートの包み紙を凝視する。


 「チョコレート? 刹那、甘い匂いがするぜ」


 「ミレイナにもらった」


 だから断じて自分から買い求めたわけではない、と言い訳のような台詞をもごもごと口にする。ロックオンが意味ありげにニヤリと笑った、その瞬間刹那は得体の知れない恐怖を感じた。


 「それ、俺にもちょーだい?」


 「別に構わないが・・・・・」


 ポケットからひとつチョコレートを取り出し、ロックオンの手に落とそうとしたところで刹那は止まった。ロックオンの両手は油まみれでとても食品を触っていいものではない。チョコレートは包装紙にくるまれているから直接油に触れるわけではないが、刹那としてはあまりいい気がしない。それよりも問題なのは。


 「あれ、くれるんじゃないのか?」


 「・・・・・・なにをしている」


 不思議そうにロックオンがこちらを見つめるが、それはこっちの態度だ、と刹那は思う。なぜロックオンは手袋を脱がず大口開けて待っているのだろうか。否、なんとなく理由はわからないでもないが、わかりたくないのであえて刹那は尋ねた。


 「刹那に食べさせてもらおうと思って」


 「死ね」


 間髪いれずに氷よりも冷たい視線と言葉を突きつける。しかし入隊当初から頻繁に浴びてきた刹那の罵詈雑言に耐性がついたのか、ロックオンはへらへらと笑ったまま口を閉じようとはしない。


 「なんなら口移しでもいいぜ? 刹那の口の中にはまだチョコレートが残っているんだろうし」


 遠まわしにキスしてくれと言う男に刹那はため息をついた。最悪の選択だ。何が最悪って、逃げ道が用意されていないところが。どちらかを選ばなければロックオンは延々と自分にチョコレートを強請るのだろうし、もしかしたら実力行使で無理矢理キスされるかもしれない。


 (・・・・・本当に、性質が悪い)


 チョコレートの包装紙をから茶色い一粒を取り出した刹那はため息をついた。はたして性質が悪いのはどちらだろうか。刹那が断われないと知りつつ、しかしどちらでもいいと選択肢を残すロックオンか。


 もしくは、ロックオンの選択肢を選ぶことなく勝手に第三の選択肢を作る自分か。


 「ロックオン」


 「なに・・・・・んっ」


 互いの唇が触れるか触れないかぎりぎり、繋ぐのは小さなチョコレートの粒。舌先でそっとその粒をロックオンの口内に押し込んで、触れることなく刹那は唇を離した。


 「甘いだろう?」


 翡翠の瞳を丸くして驚いているロックオンを尻目に、刹那はロックオンにあげたチョコレートと同じ味のものを口内に放り込んだ。





  甘いのどっち?


(チョコレートか、それとも俺たちか)