『*隊長のサーベル』 アリ←刹
乾いた砂をかき集めて小さな山を作った。手伝おうか、とライルに声をかけられたが丁重に断った。自分だけでやりたかったし、ライルのその言葉が社交辞令だということもわかっていた。誰だって、自分が殺した、自分の仇の墓なんて作りたくないはずだ。
さらさらと黄褐色の砂がつまれていく。よく考えれば、幼い頃はこんな風に砂で遊んだ事もなく、21歳の今になってようやく初めての砂遊びという事になる。
「刹那ぁー、少し休憩した方がいいぜー」
「ああ。でも、あと少しだから」
廃墟が作る日陰にくるよう、ライルが誘う。けれどそれも断った。詰まれた砂をなだらかにして出来た小山の先に、取り出したナイフを差した。
何の変哲もない、小振りのナイフ。クルジスでそれを扱っていた頃は両手に余るほどだったが、今では片手で扱えてしまう。決して、墓標のかわり、というわけではない。ただ、名も刻めない砂の墓に供えるには、あの男の墓前に差し出すには、これが適していると思ったのだ。
あの男が俺にくれた、唯一今でも残っているもの。なぜだか捨てられなくて、でも使う事も出来なくて、ずっとしまいこんであった、古ぼけたナイフ。
ライルからあの男の死を聞いた時、真っ先に浮かんだのがこのナイフだった。そして、返しに行かなくては、と思った。きっとあの男は、武器を持たずにどこかへ行くことを嫌がるだろうから。
昔、あの男の腰には大降りのサーベルがぶら下がっていた。MSでの戦闘が主流だったとはいえ、肉弾戦がなかったわけではない。むしろ、MSを持つことが出来るほどの経済力のある隊はほとんどなかったから、こちらのほうが主流だったといってもいい。
俺はいつもそのサーベルを眺めていた。仲間内では、大きくてごついサーベルは羨望の的で、あれを与えられれば神の元へと一歩近づくのだと、そんな噂が流れた。だから、ほんの少しだけ期待して言った。そのサーベルをくれないか、と。
もちろん10歳にも満たない子供にそんなものが扱えるはずもないことをわかりきっているあの男は、小さく鼻で笑うと変わりに小さなナイフをくれた。サーベルに比べればずいぶんちっぽけなそれでも、俺は喜んで受け取った。
神の代理人だと信じていた男から受け取った、俺だけの特別なものだったから。
「アリー・アル・サーシェス」
神の代理人の男へ、神の御許へいくことを拒んだ子供から。
「このナイフを、アンタに返す」
もう俺には、それを持っている資格はないから。
「だけどアンタは、もう戦わなくていいんだ」
死んでしまったから。この世にはいないから。
「だからせいぜい、それでも眺めて昔を懐かしがっていろ」
さようなら、戦争屋。
「終わったのか?」
「ああ。すまないな、こんなところまで付き合わせてしまって」
「いいって。確かにこの暑さには辟易するけどな」
笑うライルにジープの鍵を投げつけて俺は車に乗り込んだ。もう用事は済んだ。2度と、ここには来ないだろう。
「帰ろう、ロックオン」
「ああ、そうだな」
俺が帰るべき場所は、もう、ここではない。
隊長のサーベル
お題はララドールさんよりお借りしました。
『或いは未来、或いは現在、或いは過去の片隅で』 ロク刹→アリ
声が聞こえる。詠うように、囁くように、命じるように。
自分を呼ぶ、声がする。
「刹那」
鋭く自分の名を呼ばれて、刹那はビクリと揺らすと、恐る恐る後ろを振り返った。
「ロック、オン」
「刹那、こんな夜中に出て行っちまうから、心配したんだぞ」
着替える間すら惜しんできたのか、ズボンをはいただけの上半身裸の男は安堵の息を吐いた。何が申し訳ないのか理解しないまま、刹那はすまない、と謝った。
「部屋に戻ろう。お前さんはたっぷり寝ないと、明日の朝動けないぞ」
寝る前まで没頭していた行為を思い返してか、ロックオンが笑った。ロックオンに手を引かれながら、刹那は頭のどこかに安堵している自分と落胆している自分がいることに気がついた。
何を安心している?
あの男がここにいないから。
何を落ち込んでいる?
あの男がここにいないから。
だって、声が、聞こえたのに。
自分を呼ぶ、あの男の声が。
「ロックオン」
「んー?」
ロックオンは振り返らない。彼の大きな背中に、ぽつり、と刹那は囁くように漏らした。
「声が、聞こえたんだ」
一瞬でロックオンが凍りついたのがわかったけれど、刹那はそれを無視して言葉をつなげた。
「呼ばれたんだ、昔みたいに」
「刹那、それは」
苦しそうな表情で、ロックオンが言う。刹那には、なぜ彼がそんな苦しそうな顔をするのかわからない。
「昔からずっと、今でも、聞こえているか?」
その言葉に刹那は耳を澄ました。どれだけ離れていようと、どれだけの年月が過ぎていようと、自分があの声を聞き間違えるはずがない。
なぜなら、彼は。
「ああ、聞こえる」
最後に見た、紅い男の姿を脳裏に浮かべて。
「今でもあいつは、俺を呼んでいる」
幼い頃、そして今でも自分の中心いる男を、刹那は呼んだ。
或いは未来、或いは現在、或いは過去の片隅で
(アリー、アリー、アリー!) (今も昔も、そしてこれからも) (アンタはきっと、俺を呼んでいる)
お題はテオさんよりお借りしました。
『あなたの瞳って本当にビー玉でできてるみたい』 アレ→刹→?
からころと机の上を転がっていく球体を珍しそうに刹那は見つめる。地上に降りたときになんとなく買った安物で、そんなにじっと見つめるほどのものじゃないと思うんだけどな。
「アレルヤ、これはなんだ? 飴玉か?」
「・・・・・」
物事への関心が薄い刹那が珍しいと思ったら、なるほど、これが何であるかということですら知らなかったというわけか。それは凝視するはずだよ。
「ビー玉だよ。知らない? 安物の、ガラスでできたおもちゃ」
近くにあったビー玉をひとつ手に取り、指ではじいて近くの玉に当てる。こうやって遊ぶらしいのだけれど、何が楽しいのかいまいちわからない。昔の子供はすごいなぁ。こんなので楽しく遊べるんだから。
「ガラス玉か。じゃあ食べれないな」
「・・・・なんでもかんでも食べること前提に考えるのはやめたほうがいいと思うよ」
まぁ、戦場では食べ物が何より貴重だったのだし。仕方がないのかもしれない。ぼくが諦めたように息を吐くと、「でも」と刹那が黄色の玉をつまんで言った。
「光にかざすととても綺麗だ」
眩しそうにビー玉を見つめる刹那の瞳がとても綺麗で。ぼくは相槌を打つのも忘れて思わず見惚れてしまった。
「この色はハレルヤの色だな。瞳の色と似ている」
「じゃあこの紅いのは刹那の色だね」
くすくすと笑いながら、それからしばらくの間トレミークルーの色を見つけて遊んだ。刹那は薄い水色の玉をエクシアの色だと言って喜んでいた。
「アレルヤの色は見つからないな」
「そうだね」
買ってきたビー玉全てを見てみたけれど、銀色のビー玉は見つからなかった。鈍い鋼の色をわざわざガラス玉にしても売れないのだろうと、ぼくは落ち込むわけでもなくそんなことを思った。
「だったらこれがアレルヤの色だな」
そう言って刹那は何の色もつけられていない、透明なビー玉をぼくの目の前にかざした。
「色はないけれど、やっぱり綺麗だ。アレルヤの目も同じようにキラキラしていて、ビー玉みたいだ」
僕の色が、綺麗だなんて。
そんなこと、今まで思わなかった。
「・・・・気に入ったのなら、ひとつあげるよ?」
「本当か」
じゃあ、と刹那が迷うことなく手にしたのは、ぼくの色でなければ刹那の色でもなかった。
「ありがとう。大切にする」
手のひらで輝くその色を、刹那は何よりも愛しそうに見つめた。
分かっていた。刹那がその色を選ぶことなんて。
だってその色は、彼の色だから。刹那が何よりも大切に想っている人の色だから。
それでも、例え結局その色を選ぶのだとしても。
一瞬でもいいから、迷って欲しかった。
そんなこと、ありえないのだろうけど。
「ねぇ、刹那。刹那は僕の瞳がビー玉みたいって言うけど」
煌いて、輝いて、何よりも美しい、けれど。
「君の瞳の方が、ビー玉みたいだと思うよ」
そこに映るのは虚像であって、実像ではない。
いつだって、そこに映るぼくは空っぽ。
「そうか? 俺の目なんて綺麗じゃないと思うが」
「ううん。そっくりだよ」
そう断言して、引き止めてごめんねと囁いた。先ほどから刹那がそわそわと落ち着かない理由は分かっていたけれど、少し意地悪をしてみたくなったんだ。
「それ、見せるんでしょ。今だったら自分の部屋にいるだろうね」
「ああ」
少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに刹那は席を立った。彼だってビー玉くらい知っているだろうけど、それでも見せたいんだろう。
「アレルヤ、ありがとう」
軽く手を振って刹那は出て行った。残されたのは、色とりどりのビー玉とぼく。
「こんなのより、刹那の色の方が綺麗だよなぁ」
手のひらの上で紅いビー玉を転がす。こんな人工的に作られた色なんかじゃなくて、もっと綺麗なものが見たい。
「いっそ抉り取って・・・・小瓶にいれて保管しておこうかな」
そうしたらきっとそこに映るのはぼくだけになる。
「ああ・・・でも、誰かに見られちゃ駄目だよね」
ぼく以外の誰かを映すくらいなら、いっそ。
ぼくを含めた全てを、映さなくていい
あなたの瞳って本当にビー玉でできてるみたい
(ぼくを映さない瞳なんて、潰されてしまえば良いのに)
お題はイデアさんよりお借りしました。