『間接キスはできるのに』 アレ刹











 「アレルヤ、それは何だ?」


 刹那が興味深そうにぼくの手元を覗き込んでいる。ぼくの手には甘い香りを放つマグカップ。中に入っているのは。


 「ココアだよ。刹那、飲んだことないの?」


 「知らない。甘い匂いがする・・・・」


 マグカップに顔を近づけて刹那はうっとりと目をつぶった。あぁ、顔が近い。駄目だよ、君がそんなにも無防備だと、ぼくは何をするか分からない。


 「飲んだことないんだったら作ってあげるよ。刹那、ミルク好きだったよね?」


 そう言って、刹那のためにココアを作ろうとぼくが立ち上がった時だった。おもむろに刹那がぼくのマグカップを手に取ると、なんのためらいもなく口をつけた。


 「・・・!?」


 「ごちそうさま」


 甘くて美味しかった、と刹那はぼくにマグカップを返した。中身はまだ半分以上残っていた。気に入ったのなら全部飲んでもいいのに。


 ていうか。


 「・・・・・間接キス?」


 「何がだ?」


小首をかしげる刹那になんでもない、と微笑みかけた。あぁ、天然って恐ろしい。





 


 (それ以上を望むぼくって我が侭かな?)











お題はAコースさんよりお借りしました。




















 『解毒剤はどこ』 ニル刹











 兄さんって病気だよな、と。


 いつもどおり学校に登校していつもどおりの風景を眺めているときだった。


 「はぁ? 俺が? そんなわけないじゃん」


 「うん、気付いていないあたり重症だね」


 ニヤニヤと笑っている双子の弟の頭をペシリと叩いて、ニールは目線を戻した。ぼんやりと、目の前の同級生たちのやりとりを眺める。それ見て、またライルがニヤニヤ笑う。


 「なんだよ、さっきから。つか、俺は病気じゃないし。いたって健康だろ」


 「いやー身体じゃないし。つかマジで気付いていないの?」


 「何が?」


 「兄さんって意外と馬鹿?」


 「おーし、歯ぁ食いしばれー。弟だからって調子のんなよ」


 そのとき、教室のドアの辺りで「刹那―! 現社の教科書持ってねぇー!?」と大声が聞こえた。見れば隣のクラスの・・・・・名前は知らない、前髪で左目を隠した男子生徒が叫んでいた。


 ニールが眺めていた風景から、一人が立ち去る。


 とたん、その風景が色あせて見えた。


 「またか、ハレルヤ」


 「わりーわりー。今度何か奢ってやるよ。バイト代入ったから贅沢できるぜ」


 「甘いものが食べたい。パフェ的な」


 仲良さそうに話し合う二人に視線を向けていると、ライルが「な、病気だろ」と言っていた。


「・・・・なぁ、ライル」


 「何?」


 「解毒剤、持ってねぇ?」


 けっこう真面目に言ったのに、返ってきた返事はとてもふざけた内容だった。




 


 (とりあえず告ったら?) (できるか、馬鹿!)











 お題はララドールさんよりお借りしました。




















 『*細く震える呼び声を知る今生はもうそればかりしか愛せぬと』 アレ刹











 腫れあがった頬は痛いだろう。けれども刹那は泣き声ひとつ、漏らすことさえしない。唇を噛み締めて、瞳を虚ろにして、ただ耐えるだけ。


 「・・・・殺してやりたい」


 うっかり唇から漏れた本音に、刹那の眉が寄る。あぁ、そんな顔をしなくても大丈夫だって。君が望まないことはしない主義なんだ、ぼく。


 「アレルヤ、言っておくが」


 「はいはい。彼に手を出すな、でしょ?」


 投げやりな返答だったけれど、刹那は至極真面目に頷いた。


 「あーあ、ねぇ、本当に駄目? 殺しはしないよ。ただ、刹那が感じた痛みを返すだけ」


 「駄目だ。ケルディムのパイロットはあいつしかいない。今、あいつに何かあっては大変なことになる」


 「君は自分のことを考えなさすぎだよ」


 処置を施した頬を撫でる。触れただけで痛むのか、微かに刹那は顔をゆがめた。


 「痛い? あぁ、やっぱり殺しとくんだった。刹那、ぼくはね」


 眉を寄せる刹那に、ぼくはにっこりと微笑みかけた。


 「君がとてもとても大切なんだ。本当だったらこんな戦場になんて出させたくないけど、君はそれを望まないだろう? だから妥協してあげてるんだけど」


 だけどね、ぼくにだって許せないことがある。たとえ君が望んでいなくたって。


 「君を傷つける全てが、ぼくは許せないだ。例えそれがなにであろうと、めちゃくちゃに壊したくなる」


 「アレルヤ」


 厳しい声で、刹那がぼくをたしなめる。だから、そんな顔をしなくても大丈夫だって。


 「お前のそういうところは、あまり褒められたものではないが」


 だけどな、と刹那は少し目元をやわらげて。


 「少しだけ、嬉しく思う俺はどうかしているのかもな」


 瞬間、ぼくは刹那を抱きしめていた。細い首筋に唇を寄せて、ほんの悪戯心でそこにかみつく。本当は血が出るくらいかみつきたいけど、刹那に怒られてしまうから自重。


 「刹那、刹那、ぼくだけの刹那」


 ずっとずっと、そう永遠に。


 「ぼくだけの、君でいて」


 一瞬の迷いもためらいもなく。


 当然のように、刹那は微笑んでいた。





 


 (愛する名前は、それしか知らない)








 お題は夜風にまたがるニルバーナさんよりお借りしました。