「かあさまはなぜとうさまとけっこんしたのですか?」


 日々激しくなる武力介入を終えて、ひさしぶりの休日を愛息子と過ごしている時だった。


 とても自分の子とは思えないほど上品に紅茶を飲んでいた息子の口から発せられた、原子爆弾もかくやという威力をもつ言葉に、隣に座って同じように紅茶を飲んできた刹那は思わず紅茶を口から噴出しかけ・・・・・・そこは子供の手前なんとかこらえて、結局むせる程度におさませた。息子からは「かあさま、げひんです」と叱られたが。


 「ティ、ティナ・・・・今、何と言った?」


 「きこえていなかったのですか? ですから、なぜかあさまはとうさまとけっこんしたのですか、と」


 ティナシア・琥珀・アーデという母親にも勝るとも劣らない妙な名前を持つ、名前と父親似の容姿から初対面の人間には必ず女の子に間違われる息子は、小首を傾げてそう繰り返した。


 「・・・・なぜそれを訊きたいんだ?」


 「リューミンねえさまからきいたんです。むかし、かあさまととうさまはとてもなかがわるかったって」


 「王留美・・・・・」


 刹那は原因たる女性を思い浮かべてため息を吐いた。刹那はこの四年間ずっと音信不通であったし、父親とはいえガンダムマイスターであるティエリアが育児に没頭する事は出来ない。そのため、実質ティナシアを育てていたのはCBのエージェントである王留美であったのだ。上流階級出身である王留美に世話を一任したためか、息子は今年5歳になるとは思えないほど礼儀正しく育った。なにせ、自分の両親にさえ敬語で話すのだがら。


 「ぼく、いちおうほかのひとたちにもきいたんです。そしたら、アレルヤにいさまもフェルトねえさまもイアンおじさまも、みんなそうだったっておしえてくれたんです」


 「あいつらめ・・・・」


 余計な事を、と刹那は舌打ちした。自分の子に夫との昔話を語るほど、恥ずかしい事はない。


 「どうして、かあさまはなかがわるかったとうさまとけっこんしたんです? アレルヤにいさまは、かあさまといちばんなかがよかったのはむかしのロックオンにいさまだっていってましたよ」


 「・・・・・確かに昔のロックオンとは良好な関係を築いていたが、そこに恋愛感情はなかった」


 「むかし、とうさまはめいれいいはんをしたかあさまにじゅうをむけたとききましたけど」


 「・・・・・誰にだ? いや、言わなくていい。アレルヤだな・・・・」


 「かあさま、なんででんですか?」


 心底不思議に思っている息子の視線に耐え切れず、刹那は横を向いてその視線から目をそらした。だが、はぐらかすのもそろそろ限界だろう。


 「・・・・あいつだけが、俺を『刹那・F・セイエイ』として見てくれたからだ」


 「・・・? いみがわかりません、かあさま」


 「だからな」と前置きしてから刹那はずいぶんと冷めてしまった紅茶を一口すすり、ゆっくりと口を開いた。


 「ティエリアだけが、俺を女として扱わなかったんだ」


 当時の思い出に浸りながらどこか遠くを見るような目で刹那は言った。もうあれから七年も経つのかと思うと、時の流れの速さに驚きを隠せない。


 「訓練でも実戦でも・・・・・あいつは俺が女だがらって一度も言わなかった。それこそ、月経がきたときでさえ、な。


 ロックオンもアレルヤも優しかったが・・・・・・あいつらの『刹那は女の子なんだから』という言葉だけは大嫌いだったな」


 五歳に月経は理解できなかったようだが、それでも刹那の言いたいことはわかったらしい。しばらくじぃっと刹那を見ていたティナシアは「・・・・それだけなんですか?」と驚いた表情を見せた。


 「それだけだ」


 「かあさまをそれだけのりゆうでとうさまとけっこんしたんですか?」


 「俺にとっては十分すぎる理由だ。なんだ、その物足りなさそうな顔は」


 「いえ、ミレイナねえさまにどうせつめいしたらいいのかなぁ・・・とおもいまして」


 「親の馴れ初め話で盛り上がるんじゃない」


 ぺし、と軽くティナシアの頭をはたくと、全く反省していなさそうな顔で「ごめんなさい、かあさま」と謝られた。この強かさも王留美の影響だろうか・・・・。


 「盛り上がっているな。何の話をしていたんだ」


 「ティエリア」


 「とうさま!」


 ようやく仕事が終わったらしい(本当は二人同時に休暇をもらっていたのだが、真面目なティエリアは今の今まで残った書類を整理していたらしい)ティエリアがやや疲れたような顔で現れた。刹那はそんな夫のために紅茶を淹れ、ティナシアは久しぶりに対面した父親の元へと駆け寄った。


 「とうさま、いまかあさまにとうさまとけっこんしたりゆうをきいていたんです!」


 「ほう、それは僕も興味あるな」


 「ティナシア、余計な事は言わなくていい」


 にやり、とティエリアが口元を歪めたのを見た刹那は大慌てでティナシアに釘をさす。さされたティナシアは「はーい」と引き下がった物の、その顔は不満をあらわにしている。


 「ティエリア、紅茶飲むか?」


 「ああ、もらう」


 「とうさまとかあさま、こんかいはいつまでいっしょにいてくださるのですか?」


 「俺は今週末まで休みだ。ティエリアは?」


 「僕は来週半ばまでだ。残った仕事はアレルヤ・ハプティズムに押し付けてきた。問題はない」


 「・・・・まぁ、いいか。アレルヤには今回の事を含めて話があったんだが」


 「何のことだ?」


 「アレルヤにいさまにげてー」











 刹那から事情を聞いたティエリアによって、アレルヤの仕事量が倍になったのは・・・・・・また別の話。