刹那・F・セイエイの朝はお隣さんの騒がしい音がしてから始まる。


 何か物を落としたような音、続いて「アチッ!!」という叫び声、そして「今度は何したの・・・・ってうわ、なんでソーセージが燃えてるの!?」という声にバタバタと走り回っているような足音。


刹那はため息をつくと、バケツに水を入れて、お隣の扉をノックもせずに開けて入った。


 そして、あたふたとしている双子の兄弟となぜか燃えているソーセージだった物に勢い良く水をかけた。


 「おはよう、アレルヤ、ハレルヤ」


 「・・・・おはよう」


 「・・・・よぉ」


 全身から滴をぽたぽたしたたらせている兄弟は、ぽかーんとした表情のまま刹那を見た。


 「とりあえず、お前ら朝からうるさい」


 無表情のままそう言う刹那に、二人とも反論できなかった。







 朝、隣のハプティズム宅からハレルヤが料理に失敗した音がすると、刹那は隣へ行き、(本来後始末をするべきアレルヤはテンパっていてうろうろするだけだから)後始末をして、三人分の朝食を作る・・・・というのが、ここ数年の朝の風景だった。


 刹那としては、幼なじみの朝食を作ることくらい面倒だとも思わない。むしろ、自分の分の食料もハプティズム家の冷蔵庫から出せるので、食費が浮いて得をしているのだ。


 「毎朝ごめんね、刹那」


 「構わない。それにしても、なぜソーセージが燃えていたんだ?」


 「ハレルヤが・・・・」


 「俺のせいにすんじゃねーよ!」


 「お前以外の誰が、ソーセージを焼くだけでぼや騒ぎを起こすんだ?」


 刹那の的確な反論に、ぐうの音も出ないハレルヤ。事実、ハレルヤと違ってアレルヤは一般人並に家事が出来るし、今までの騒動の原因は全てハレルヤだった。


 「お前に家事は期待していない。アレルヤも手が足りなかったら俺を呼べ」


 「ごめんね。刹那まだ寝てるかなーて思って。それにソーセージくらいだったら、ハレルヤでも大丈夫かなって・・・」


 刹那はため息をついた。どれだけ不器用なのだあの男は。







 朝食後、刹那とアレルヤはバイトに出掛ける。ハレルヤは留守番だ。彼自身もバイトをしているが、今日は休みらしい。


 「ハレルヤ、昼食はつくっておいたから、それを食べろ。決して自分で作ろうなど思うなよ」


 「わーってるって。やらねーよ」


 真顔でそう釘を刺すと、ハレルヤも了承した。刹那も、バイトから帰ってきたらお隣が消えていましたなんてことにはなって欲しくない。


 「じゃ、行こうか、刹那」


 差し出されたアレルヤの手を至極当然のように握る。手をつないで出勤なんて、どこかの恋人のようだが、刹那は無自覚だ。


 「お弁当、刹那が作ってくれたんだね。中身は?」


 「卵焼きとほうれん草のキッシュ」


 「刹那、キッシュなんて作れるようになったんだ。すごいね」


 「それほどでもない。今度一緒に作るか?」


 「うん」


 手をつないで、何気ない会話をして・・・・・・刹那はふと、昔からずっと変わらない幼なじみの横顔を盗み見た。


 昔から何一つ変わらない、眩しいくらい優しいアレルヤの笑顔。






 幸せだよ? 


 あなたといると、こんなにも穏やかな気持ちになれるのだから。















 用事があるというアレルヤと別れて、刹那は先に帰宅した。自宅で用意しておいた夕食を食べる。


 一人きりで食べる夕食は、冷め切っていて美味しくなかった。


 刹那は、なんとなく隣の家のドアを開けた。


 「刹那?」


 無言で室内へ入っていくと、ソファーに寝転んでいたハレルヤが驚いた顔をしながら起き上がった。


 「どうした?」


 「・・・・・」


 ハレルヤの問いかけには答えず、そのへんにあったクッションを胸に、ハレルヤにぼすっともたれかかった。


 ハレルヤも何も訊かず、刹那のしたいがままにさせた。甘えたい時ほど何も言わないという刹那の癖を、ハレルヤは熟知していた。


 「刹那、夕飯何食った?」


 「適当に朝の残り物」


 「アレルヤが帰ってこねーから、俺まだメシ食ってねーんだよ。何か作ってくんね?」


 ぐしゃぐしゃと刹那の髪の毛をかき回しながらそう言うと、返答代わりにクッションを顔に押し付けられた。


「てきとーに冷蔵庫の中のもん、使っていいぜ」


 しばらく冷蔵庫を吟味していた刹那だが、目に付いた食材を持って台所に立つ。幸い、アレルヤもハレルヤも好き嫌いはないから、何を作っても文句を言われることはない。


 調理を始めてからしばらくして、刹那は頭の上に何かが乗っかるのを感じた。


 「・・・重い」


 ずしりと感じる、ハレルヤが邪魔でならない。ハレルヤはハレルヤで、刹那が自分を邪険に扱わないことを知っているから、どけと言われてもどかない。


 頭の上にあご、わきの下から手をまわされて抱きしめられるような格好になってしまた。料理をしている刹那としては、動きにくいことこの上ない。


 「その状態でしゃべるなよ。あごが当たって痛い」


 とりあえずそれだけ言うと、ハレルヤは大人しくなった。刹那もひとまず料理に没頭する。




帰ってきたアレルヤが、そんな状態の二人を見て叫ぶまで、あと5分。






大切だよ?


何か言ってくれるあなたではないけど、態度で示してくれるから。