休暇が欲しいって言ったじゃない、と。
戦術予報士の唐突な提案で、CBメンバーは地球に降りていた。確かにアレルヤが何度が言っていたが、いきなりだととても困惑する。
やることもないので、とりあえず王留美の別荘へ行くという女性陣へと同行させてもらった。珍しい事に、刹那も個人的に王留美に用事があるのだとか。
突然の休暇に、王留美の別荘。
なんだかとても不安にさせる組み合わせである。ロックオン達は前回の刹那猫化事件を忘れたわけではない。また前回のような事が起こったら・・・・・・と、ロックオンは眉をひそめ、なにごともないように祈ったのだった。
なのに。
どうして、嫌な予感とはこうも的中するのだろう?
今、ロックオン達の目の前には見知らぬ女性がいる。クリスティナやフェルトに囲まれて多少困惑気味のその女性は・・・・・とても刹那に似ていた。
背中まで伸びたくせっ毛のある黒髪、大きな赤褐色の瞳、東洋人特有の褐色の肌、女性と分かる大きさの胸、すらりと伸びた手足。マイスターの中で最年少を誇る十六歳の刹那とどう見たって二十代前半であろうその女性が同一人物のはずはない。だが、
「一応訊いておくが・・・・・・もしかしなくても刹那か?」
こくん、と素直に頷かれた瞬間、ロックオンはため息が出そうになった。
原因は分からないが、なんだかまたやっかいな騒動が起こっているようだ。
「刹那・・・・? え、なんでそんな姿に?」
「落ち着けアレルヤ。どうせまた王留美の怪しげな薬か何かだろ」
「お見事。正解ですわ」
ぱちぱちと拍手の音が聞こえ、振り返れば優雅に微笑んだ王留美の姿が。
「以前から刹那に身長を伸ばすための薬が欲しい、と依頼されてまして、先日完成いたしましたのでお呼びしましたの」
そんなに気にしていたのか、身長。
ロックオン達は哀れみを含んだ視線を刹那に向けるが、当の本人は成長した自分の身体を嬉しそうに眺めている。まぁ、確かに背は伸びてティエリアと同じくらいになっている。
「て、なんで身長を伸ばすはずが大人になってるんだ?」
「色々検討した結果、手っ取り早く身長を伸ばすためには歳をとればよい、という結論になりましたの」
そう言って差し出された王留美の手には、白い錠剤がいくつも入った小瓶。
「一粒で一歳分成長するはずですわ。刹那が説明も聞かずに適当に飲んだので、一体どれくらい成長したのかは分かりませんが・・・・・まぁ、おどらく二十二、三歳といったところでしょう」
おそるべし、王留美。ロックオンは彼女が魔女だと言われても驚かない自信がある。
「さて、それでは皆様参りましょうか」
ハーイと手を上げて答えた女性陣の中で、刹那がきょとんと首をかしげたのが見えた。
明るい室内にクリスティナや王留美の笑い声が響く。その中であれこれいじられている刹那の顔には疲労の色がくっきりと現れている。
ロックオンは隣に積み上げられた荷物の数々と、さらに増えるだろう荷物を運ぶその重労働を考えてため息を吐いた。アレルヤも同じようにへばっている。
なんでも、刹那が先ほどまできていた服はスメラギからの借り物らしく、急遽似合う服を買いに行こうと女性陣は喜々としてショッピングに刹那を引っ張っていた。ちなみにロックオン達マイスターも荷物持ちとして駆り出される破目となった。
「アレルヤ、そろそろ荷物が来るみたいだぞ・・・」
「僕、もう限界です・・・・・」
心底疲れきったような声で限界を訴えられても、ロックオンにはどうすることもできない。ティエリアのように女性陣にまじって服を選ぶ側につけば、まだマシだったのかもしれない。
「・・・おつかれ」
「っ!? って、刹那か・・・」
突然頬に冷たい感触がして飛び上がった。振り返れば缶コーヒーを持った刹那が。
「差し入れか? ありがとな」
「ずいぶん疲れているみたいだしな。アレルヤの方は大丈夫か?」
刹那は不安げにぐでんとしているアレルヤを見た。「ハレルヤ、僕は憂鬱だよ・・・僕だって刹那がおしゃれした姿は見たいけどさ・・・」とぶつぶつ呟いているその姿から察するに、けっこうヤバいかもしれない。
「あー・・・今は休ませてやろうぜ」
「そうだな。すまない、付き合せてしまって」
申し訳なさそうに謝る刹那。どちらかというと刹那も被害者に含まれるのではないかと思う。心の底から楽しんでいるのは女性陣だけだ。
「や、俺は大丈夫だって。刹那こそ、疲れてるって顔してるぞ」
「・・・そのとおりだ」
「少し外の空気でも来るか? まだ買い物も終わらなさそうだし」
見れば各々自分の服を買いに散ってしまっていた。なんというか、女性は本当に強い。
外に出るという刹那に付き合って、ロックオンも店の外に出た。大きく伸びをしながら深呼吸すると、少しだけ疲れが和らいだ気がする。
隣では刹那も同じように休んでいる。買ってもらったばかりの服は大人になった刹那に良く似合っていて、『可愛い』というよりも『綺麗』に見えた。
「そこの美しいお嬢さん、私とお茶でもいかがですか?」
「へ?」
「は?」
今時誰も使わないような台詞が辺りにに響いた。思わず間抜けな声が口から漏れたが構っていられない。声の主を探して辺りを見回すと、刹那が金髪の男に手を取られていた。
「申し遅れました。私はグラハム・エーカーと言います。ここでめぐり合えたのもまさしく運命・・・」
「えっと、や・・・その」
勝手に運命とか言い出した男に刹那はどう声をかけていいのかわからない。とりあえず、手を離して欲しい。
「出来ればお名前をお聞かせ願いたいのですが?」
「え? 刹那だが・・・・」
「刹那? 美しいあなたにお似合いの名前ですね」
反射的に名前を言ってしまって、刹那は激しく後悔した。
対処も撃退方法も分からず、刹那が途方にくれていると、突然もう片方の腕を誰かに掴まれた。
「すみません、俺が先約なんで」
「ロックオン!?」
「逃げるぞ、刹那」
男が何か言う前に、ロックオンは強引に刹那を引っ張って走り出した。背後で何やら叫び声が聞こえたが、とりあえず無視。
「ロックオン! どこに行くんだ!?」
「とりあえず、あいつの目の届かないところまで逃避行っ!」
冗談半分でそう茶化すと、刹那は「それは楽しそうだな」と笑った。とても、綺麗に。
きっと、二人ならどこへでだって逃げられる。