ぐっすりと眠る少女の髪を愛しげに撫でた。くしゃくしゃとかき回すように撫でた指は髪を伝って彼女の頬へと触れる。そこには、真新しいガーゼが張られていた。頬だけではない。腕や胸元、体のあちこちに包帯が巻かれガーゼが張られている。


 見ているだけでこちらまで痛みが伝わってくる姿。目を逸らしかけたが、気力で踏ん張って見つめる。


 金と銀の、両目で。

















 「アレルヤ」


 台所で朝食の支度をしていたアレルヤは、振り返ると同時ににっこりと笑った。


 「おはよう、刹那。今日は早起きだね」


 「少しがんばったんだ」


 そう言う刹那の頬に、もうガーゼはない。身体にも、多少の傷跡が残っている程度で包帯やガーゼはもうない。


 めでたく病院から退院した刹那をアレルヤが迎えに行き、それいらい一緒に住んでいる。この家もスメラギから渡された物で、また活動が始まるまでの隠れ家なのだとか。














 「あ、刹那それ運んで」


 「わかった。本当にアレルヤは料理が上手だな」


 「刹那が作ったのだって美味しいよ?」


 まるでどこかの新婚カップルのような会話。あぁ、本当になれたらどれだけいいことか。


 だけど、二人で幸せになるには、彼らはあまりにも大切なものを失いすぎた。














 食事を食べ終わった後は特に何もする事もなくのんびり過ごすことになっている。刹那は最初、突然出来た暇な時間に戸惑っていたようだが、ソファーに寝そべっているところを見ると、どうやらもう慣れたらしい。


 「アレルヤ、少しいいか?」


 読書をしていたアレルヤは、視線を刹那に合わせた。迷っているような、それでも毅然としたその表情に、アレルヤは悟った。


 「アレルヤ、俺はここを出て行こうと思う」


 その言葉はあまりにも予想通り過ぎて、分かっていたのにアレルヤは何もいうことが出来なかった。


 数秒たって、やっとアレルヤは口を開いた。


 「・・・・そう。でも、なぜ?」


 「ここを出て、世界を見て回りたいんだ。俺はまだ、世界の一部しか見ていなかった。この世界の歪みがどれほどなのか。俺たちが戦ってた、これからも戦っていくものをちゃんと見てきたいんだ」


 真摯に訴える刹那。別にアレルヤに刹那を止める権利はない。誰も、止めることが出来ない。


 刹那の指がアレルヤの右目に触れた。そこに宿っていた彼に、触れるかのように。


 「・・・世界は僕たちから全てを奪っていったんだよ」


 「俺たちも世界から何かしら奪っただろう。その代償だ」


 犠牲なしには何も成し遂げる事は出来ない。だけど、彼らが払った犠牲はあまりにも大きすぎた。


 アレルヤは刹那の華奢な身体を抱きしめた。


 「君が行くのなら、僕はここで待ってるよ。いつまでも、君の帰りを待ってるよ。だから約束して」


 「アレルヤ・・・・・」


 「絶対に帰ってきてね。君までも失うなんて、僕には耐えられない・・・・・」


 背中に回された腕にこめられた力に、刹那はアレルヤの思いの深さを知った。それに応えるかのように、刹那もアレルヤの背へと腕を回す。


 「絶対帰ってくる。だから、アレルヤも待っててくれ」

















 約束を交わして、少女は旅立った。


 約束を交わして、青年は見送った。


 約束を守るために。