『隣を見ても、君が居ない』  ニル刹


 何かを失うなんて、今までだって腐るほどあった。自分の手で捨てた事だってあった。胸に残る喪失感にだって、すっかり慣れていたはず。


 なのに。


 「・・・・・ロックオン」


 暗い部屋、主はもういない。このベッドに座って、自分の頭を撫でてくれた人はもうない。


 「わからないんだ。なぁ、教えてくれ」


 彼はなんでも教えてくれた。ろくに教育を受けていない自分に、笑いながらいろんなことを教えてくれた。だから、


 「なぁ、俺はこれからどうやって歩いていけばいい?」


 答えてくれる彼はいない。それでも刹那は問いかけた。誰もいない、ひとりぼっちの空間に。


 「何を目指して行けばいい? 何を目的に進めばいい? なぁ」


 刹那は虚空に手を伸ばした。何もつかめないけど。誰もこの手を取ってくれないけれど。


 「俺にはなにも、わからないんだ」





 


 (教えてください) (あなたがいない世界での生き方を)








 お題は群青三メートル手前さんよりお借りしました。




















 『唇から漏れるのは悲鳴ですか? 懇願ですか?』 ニル刹











 がたんっ、とまるで何か大きな物が床に落ちたような音がした。


 「刹那」


 思ったとおり、覗き込んだ部屋のなかでは、刹那が洗面台に顔を沈めていた。頭から水をかぶったのか、ぺしゃんこになった髪からぽたぽたと雫がたれている。


 床にはコップやら錠剤の箱やらが散乱している。俺は錠剤の箱を手に取ると、効果の欄をみた。頭痛、吐き気を抑える、か。どうやら解熱効果はないらしい。


 「・・ロック、オン」


 こちらを振り返った刹那の頬は紅潮している。どこかうつろな瞳や、はぁはぁと荒く息を吐く唇が妙に色っぽい。


 「・・・ロックオン」


 俺の名を呼んで、けれど刹那は唇を噛み締めて俺から目をそらした。あーあ、苦しいんだろうに、我慢しちゃって。


 「刹那、言ってくれないと俺はわからないぜ」


 意地悪く、俺は刹那に言う。刹那の華奢な肩がびくり、と跳ね上がり、それを隠すかのように刹那は自分の身体を抱きしめた。


 刹那は意地を張っているわけではない、ということなんて知っている。ただ、刹那は知らないだけ。


 苦しい時にどうしたらいいのか。自分ではどうにもならない時にどうしたらいいのか。刹那は知らない。


 (簡単な、ことなのにな)


 ただ一言、その唇で叫べばいい。


 助けて、と、俺にすがってくれればいい。


 そうしたら、俺は全ての苦しみから、刹那を救ってあげるのに。


 (だから、早く俺を呼んで)


 早く早く、俺だけを呼んで、刹那。





  


 (鳴くように、請うように、俺を呼んで)


























 『*思い出を積み上げたらこの隙間は埋まりますか』 ニル刹←ライ











 3年。短いようなその年月の差を埋めるのはとても難しいと、俺は実感している。


 「俺は何年でも刹那の傍にいる」


 誓うように宣告すると、隣でぼんやりと星空を眺めていた刹那はこてん、と首をかしげた。


 「兄さんは3年しか、刹那の傍にいられなかったんだろ」


 「・・・・そうだな」


 CBが活動する前から2年、活動し始めてからは1年に少し足りないくらい。そんな短い時間しか一緒にいなかったくせに、すでに刹那の中は兄さんでいっぱいだ。


 「だったら俺は何年も、何十年も刹那の傍にいる。何十年分の、思い出を作ってあげる」


 兄さんとの3年間を埋め尽くすくらい、たくさんの思い出をあげる、だから。





 


 (いつになったら、この手は君に届くのですか)








 お題は群青三メートル手前さんよりお借りしました。




















 『あなたのエゴが私を殺した日』 ニル刹











 瞼を開いた刹那は隣でまだ男が眠っていることを確認すると、男を起こさないようにゆっくりと起き上がろうとした、が。


 「・・・・」


 男の腕ががっちりと腰に回されていて抜け出すことが出来ない。慎重に腕を外そうと試みるが、うんともすんともいかない。しかもさらに腕の力が強くなってきた。


 「・・・おい、起きているだろコノヤロウ」


 ぺしり、と男の頭を叩くとぎゅぅぅと抱きつぶされそうになった。慌てて制止の声をあげるが、無視された。


 「夢をみたんだ」


 ぞっとするほど冷たい声で囁かれて、背筋がぞくりと震えた。


 「刹那が死んでしまう夢」


 「・・・・そうか」


 ありえない、とは言い切れなかった。常に戦場を出ている身としては、ありえない話ではなかった。


 「刹那、刹那、せつな」


 「なんだ」


 壊れたように、繰り返し名前を呼ばれる。すがるようなその声を嫌だとは思わなかった。


 「頼むから、例え一秒の差でもいいから、俺より先に死なないでくれ」


 「・・・・・わかった」


 約束できないことだったけれど、刹那は頷いた。残される寂しさを知っている彼だからこそ、きっとそんなことを願うのだろう。


 「俺が、お前より先に死にそうになったら」


 そんな時なんて、考えたくもないけれど。


 「お前を殺してから死んでやる、ロックオン」


 実行できそうにない約束だったけれど。


 それでも彼が嬉しそうに笑ったから、刹那は何も言えなかった。





 


 (使われた凶器はあなたの愛です)