『愛』なんて知らなかった。別に知らなくてもいいと思った。そんなもの、知らなくても生きていけるのだと。











 触れた腕は暖かかった。女の自分とは違う、筋肉がついたたくましい腕。座ったまま背後から抱きしめられた刹那は、自分を束縛するその腕をながめながら、ぼんやりとそんなことを思った。


 「心ここにあらず、って顔してるぜ、刹那」


 「ロックオン・・・・」


 ちゅっ、と軽く、ロックオンの唇が刹那の額に触れた。そのまま口付けの雨を降らせる唇は、絶対に刹那の唇にはやってこない。


 「なぁ、刹那。俺たちってなんなんだろうな?」


 「・・・・・・・・」


 その問いに、刹那は答えられなかった。自分たちの関係が一般的に言う『恋人』に当てはまるのかは、当事者である刹那にもわからない。ただの同僚に対してはあまりにも親しすぎる触れ合いを刹那が拒まなかった、ただそれだけのこと。


 「俺には、好意と言う物が理解できない」


 その言葉は、すでにロックオンにも伝えてある。すでに承知の事実を紡ぐ刹那を、ロックオンは黙って促した。


 「好き、というものが分からない。恋、というものが分からない。愛、というものが分からない。分からなくても、生きていけたから」


 戦場ではそんなもの、腹の足しにもならなかった。だから、理解する事をやめた。自分の意思で、放棄した。だけど、


 「俺がそれらの事を理解する必要があるのなら、俺はそれらを理解したいと思う。たぶん、俺は」


 刹那は戸惑ったように、言葉を紡いだ。自分の感情を形容する言葉を、慎重に選ぶかのように。


 「そう思えるくらい、アンタの傍にいたいんだと思う」


 恋を知らないと言う少女は、まるで恋する乙女のような表情で、そう言った。


 額に手を置いて、ロックオンは唐突に笑い出した。


 「ははっ。それ、反則だよ、刹那」


 抱きしめられて、笑われて。刹那はきょとん、とロックオンを見返した。


 「それでは駄目なのか?」


 「いいや。ちょっと嬉しかっただけ。なぁ、刹那」


 刹那の肩口に顔をうずめて、ロックオンはぎゅぅ、とその華奢な身体を抱きしめた。


 「刹那のペースでいいからさ、俺を好きになってよ。慌てなくてもいい。急がなくてもいい。ゆっくりでいいから」


 刹那の身体を動かして、ロックオンとむき合わせる。こつん、とロックオンの額が刹那の額と触れた。


 「・・・・それでいいのか?」


 「俺なら待てるから、さ」


 戸惑いながらも頷いた刹那の額に、ロックオンはもう一度口付けた。


 今はまだ触れられない、だけどそう遠くない未来に触れられるようになるだろう、唇の代わりに。








 おあずけをくらった