か細くて今にも消えてしまいそうな声。周りの雑音にまぎれて散ってしまうはずだった声。


 その声が俺に届いたのは、たぶん奇跡だったんだろうな。それとも、お前があの子と俺を会わせるために何かしたのか?














 「ロックオン・・・・・?」


 人の名前だとは到底思えないような単語。だからだろうか、俺はその声に振り返った。


 そのにいたのは、呆然と俺を見上げてくる少女。いや、少女というほど幼くはない。だけど、女性と呼ぶほど大人に見えない。童顔なのか?


 このあたりでは見ないような肌の色。褐色・・・・中東の子か? 赤褐色の瞳はひたすら俺を見つめてくる。


 「・・・えっと、ごめん、君だれ?」


 記憶にない子だった。かなり可愛い子だし、一度会ったら忘れないはずだ。俺がそう答えると、その子は目に見えて落胆した後、「そうか、そうだ。あいつはそう言っていた・・・・」。何かを呟いている。何かを思い出したような、そんな顔だった。


 「すまない、人違いのようだ」


 あーはいはい、人違いな。慣れている。昔はよく間違われたっけ。「二人並んでいると、どっちがどっちだか分からないわねぇ」なんて近所のおばさんに言われたっけ。


 「とても・・・似ていたんだ。俺の・・・・知り合いに」


 そうそう、よく兄さんの知り合いに間違われて・・・・・え?


 懐かしい思い出にひたっていた俺はそこで現実に戻った。慌てて、踵を返してしまった彼女の腕を取る。


 「ちょ、ちょっと待った!」


 自分に触れるなと言わんばかりに盛大に眉をひそめられた。うん、今の俺ってすげぇ不審者。


 「なんだ? 悪かったといっているだろう」


 「そうじゃなくて。いや、もうそれは気にしていないから」


 そうじゃなくて。俺が言いたいのは。


 「君、兄さんを知っているのか!?」


 あの日、あの事件の日、ぱったりと行方不明になった俺の双子の兄。俺が人違いを懐かしいと思ったのも、兄さんがいなくなってから俺は兄さんと間違われる事がなくなったから。だから。


 俺を誰かと間違えたこの子は、絶対に兄さんの知り合いだ。


 「なぁ、知っているんだろ!? 兄さんを、ニール・ディランディを!」


 叫んだ。そりゃもう、思いっきり。彼女が顔をゆがめて、初めて俺はその子の両肩をつかんでいたことを知った。思いっきり、力を込めて。


 「わ、悪い・・・・。でも、君」


 「申し訳ないが」


 その子は言った。


 「俺はニール・ディランディなど知らない」


 先ほど、俺を見上げてきた時の呆然とした顔をとは正反対の表情で。


 「お前の兄など、知らない」


 どこか泣きそうな顔で、そう言った。


 その言葉に、俺は反射的に「嘘だ」と言ってしまった。だって、この子は明らかに。


 「嘘じゃない。俺は知らない。ニール・ディランディなんて知らない。そんなあいつは知らない」


 気が付いたら、俺はその子を抱きしめてた。後頭部に手を回して、俺の胸元に押し付ける。こうしたら、隠れるだろ。だから、思いっきりやっていい。


 思いっきり、俺の胸で泣いていいから。


 「俺が知っているのは・・・・ロックオン・ストラトス、だ」


 そうか。


 「あいつは、もうニール・ディランディなんかじゃない」


 分かったよ。


 兄さん、あんたはどれだけ馬鹿なんだ。少しは学習したと思ったけど、そんなの期待するだけ無駄だったんだな。


 あの日いなくなってから、あんたがどこで何してたかなんて聞かない。ロックオン・ストラトスなんて恥ずかしい名前で呼ばれている理由も聞かない。文句も言わない。


 だけどな、これだけは言わせてもらうよ馬鹿兄。


 あんたは、また大切な人を置いていったんだな。