臆病者だ、なんて知っていた。逃げて逃げて逃げて、でも結局逃げ切れなくて。
だったら最初から逃げなければ良かったのに。
突如単独でカタロンへ救援を求めてきた刹那の傷に包帯を巻きながら物思いにふけっていたマリナは、自分を呼ぶ刹那の声に慌てて顔を上げた。本来なら異性である自分ではなく同じ女性である誰かが手当をするのが妥当なのだろうが、いきなりやって来た部外者に割ける人員はなく、刹那自身も初対面の女性より異性ではあるが顔見知りのマリナのほうが良いと言ったため、このような状態となった。
「なぜアンタは女の名なんだ?」
「ああ、これ」
眠ったためか、少し顔色が良くなった刹那に笑いかけ、マリナは懐かしげに語った。
「私の家は王家の血を継ぎながらも、俗世から身を引いていたんだ。私が生まれたとき、男子では何かと問題がでるから母が女性の名前をつけたんだ。でも結局隠し切れなくて、私が王位を継いだけれどね」
彼らしくない、どこか自嘲を含んだ微笑を見せたマリナに刹那は悪い事を聞いてしまったか、と顔を曇らせた。
「刹那、君は? 昔会った時、刹那・F・セイエイはコードネームだと言っていたけれど」
「CBには秘匿義務がある」
ぼそり、と呟かれた言葉にマリナは慌てて「ごめん。そうだよね・・・」と謝ったが、刹那の口からでたのは意外な言葉だった。
「だが、アンタにならいい。俺の本名はソラン・イブラヒム。聞いての通り、男の名だ」
「え・・・・」
「俺が生まれたとき、クルジスはアザディサスタンと交戦状態にあった。女の名では色々と面倒な事になる。だから、母は俺に男の名をつけた」
「男だと偽っていたほうが、戦場に出やすかったからな」と軽く話す刹那とは正反対に、マリナの表情はどんどん暗くなっていった。
「ごめん、刹那。私が変なこと訊いたから・・・」
「アンタが謝る必要はない、最初に尋ねたのは俺だ。それに、別に嫌な思い出というわけでもない」
「刹那・・・・・君と私は正反対だね」
傷だらけの刹那の上半身をタオルでぬぐいながら、マリナはぽつりと呟いた。
「戦うために男性になった君と、逃げるために女性になった私。本当に、私は逃げてばかりだ」
「違う」
マリナの手首を握り締めて、刹那はきっぱりと断言した。強い赤褐色の瞳から、視線をそらすことができない。
「逃げるためじゃない。アンタは護るために女になったんだ」
困惑するマリナを見つめながら刹那は言った。マリナはそんな風に考えた事はなかった。いつだって逃げて逃げて、自分を臆病者だと罵って、それでも逃げる事しか出来なくて。
彼女は、傷だらけの身体で戦っていたというのに。
「刹那は強いね・・・・」
「違う。強くなったんだ。大切なものを護るために」
アンタも強くなろうとしているのだろう、と尋ねられて、マリナはひかえめに、それでも迷いなく頷いた。
in one's true colors
お題は群青三メートル手前さんよりお借りしました。