アレンのネコが死んだ。


 正確にいうのなら、アレンがよくエサをやったりして可愛がっていた野良ネコがアレンを快く思わない馬鹿たちに殺された。


 ネコの真っ白な毛は血でどす黒く染色され、ネコを抱くアレンの腕や両手も汚していく。ここが人気のない神社の裏で良かったと、神田はぼんやりそんなことを思った。


 「お墓、作らないといけませんね」


 アレンはただひとこと、それだけ呟いた。悲しいとも悔しいとも、言わず。


 「神田の家の庭、広かったですよね。ティエドールさんにはぼくからお願いしますから、この子のお墓、作らせてもらえませんか?」


 「好きにすればいい。お前の頼みなら親父はなんだって頷くだろ」


 「ありがとうございます」


 ぺこり、と頭を下げると彼女の背中のランドセルが揺れた。物を大切にする彼女の意向とは裏腹に、大小さまざまな傷がつけられたランドセル。その傷だって、あの馬鹿たちの仕業だ。


 「・・・・少し待ってろ。タオルか何か持ってきてやる」


 神田がランドセルをおろしながら言うと、アレンは理由が分からない、というふうに目をしばたかせた。


 「そいつ、そのまま運ぶつもりかよ」


 アレンの腕の中、体中の骨を折られ目を潰され血塗れの肉塊となったネコだったものを指差すと、アレンは「そうですね」と薄く微笑んだ。


 その笑顔に、神田は無表情の仮面のした、血が出そうなほど唇を噛み締めた。








 骨折による入院が二人、全身打撲や前歯粉砕などで病院送りが三人。


 ずいぶんと派手にやりましたね、と呟くアレン呆れ顔を眺めながら、神田は眉を寄せながら舌打ちをした。


 「やられた子たちの保護者がかなり騒いでいたみたいですけど、この家に着たりしませんでした?」


 「来たぜ。宅の教育はどうなってんだとかしつけがなってないとか好き勝手に叫んでやがった」


 「うわぁ、迷惑な人たち。ティエドールさんにも何か言われませんでした?」


 「今度はばれないようにやれってさ」


 「・・・・・・」


 なんとも言えない顔をしたアレンの横、自室のベッドに横になった神田は手を伸ばしたせんべいにかじりついた。そして後悔した。せんべいについていた醤油が口内の傷にしみてとても痛い。


 「で、そのやられた子たちがぼくによくちょっかいかけてくる子たちだったことについては?」


 「・・・・・偶然だろ」


 ものすごい勢いで目をそらした、その行為だけで自白しているようなものなのだが。アレンが深くため息をついたので、神田は彼女が怒ってはいないことを知った。怒っていたなら、目をそらした瞬間にむりやり頭をつかんでそのままひちぎらんばかりに引っ張って目を合わせた後に背筋が凍るような微笑をこぼすのだろうから。


 「・・・・お前が泣かないから」


 「はい?」


 「お前が泣かないから、おれがあいつらを泣かせた。悪いか」


 まるで異国の言葉で話されたかのように、アレンはきょとんと小首をかしげた。そして少し黙った後、小さく「不器用ですね」と笑った。


 「うるせぇ」


 「君だけじゃないですよ、不器用なのは。涙かぁ・・・ぼく、昔から泣けないんですよ」


 そんなこと、神田はとっくの昔から気付いていた。養父の葬式でさえ、彼女は涙ひとつ流さなかった。絶望と悲嘆に凍りついた瞳から雫がこぼれることはなく、色を失った唇から嗚咽が漏れることもなかった。


 泣かない、けれど悲しまないわけではない。その胸を痛めないわけではない。だけど神田は彼女の代わりに泣けなかった。慰め方も、知らなかった。


 「もっとほかに方法があったでしょうに」


 「俺の成績表知ってんだろ」


 「いばって言うことではありませんから」


 他の方法など知らない。わからない。考えたくもない。


 アレンを悪魔の子と罵り危害を加えるような奴らには、あの方法が一番良かったのだと、神田は思っている。


 「本当に不器用ですね、ぼくも君も」


 だけど、嬉しいですよ。声には出さす唇だけ動かして、アレンはふてくされる神田の隣、花が咲いたように微笑んだ。





 彼女はき方を知らない


 (俺はめ方がわからない)








 お題はユグドラシルさんよりお借りしました。