誰が悪かったのかなんて分からない。何がいけなかったのかなんて知らない。ただ1つ、はっきりしているのは。


 最初に逃げたのは、自分だったということだけ。














 新聞受けから新聞を取り出すと、刹那はそれをテーブルに放り投げ、キッチンから朝食を運んだ。少し焦がしてしまったトーストの、芳ばしい香りが鼻をくすぐる。イスに座ると、テレビの電源を入れ先ほどの新聞を引き寄せた。


 『・・・は快晴、夜には綺麗な星空が見えるでしょう。続いては最近の主な事件を・・・・』


 アナウンサーの抑揚のない声を聞き流しながら、トーストをかじり新聞をめくる。都市で流行っている犯罪や知りもしない政治家の事件なんか、都会から遠く離れたこの田舎には関係ない。


 『・・・新政府は新しい経済活性化案を発表し、これによる経済の安定を図ると共に・・・』


 その言葉に、刹那は片眉を上げた。少しだけ、テレビのボリュームを上げる。二年前に発足した新政府の政治は世論に支持され、安定を続けているようだ。


 二度目の世界統一。アロウズの解体。そして、CBの解散。この2年で、刹那を形作っていたものは瞬く間に変化した。その変化を、刹那は嫌だと思わなかった。それで構わないと思った。戦いしか知らなかったのは、もう昔の事。


 ぼうっと物思いにふけっていると、こんこん、と窓が軽くノックされた。目を向けると、そこには隣の少年がニッコリと笑っている。


 「刹那、そろそろ時間だよ」


 「そうか。今行く」


 今の刹那の仕事は、隣の農家を手伝うことだった。ふらりと現れた怪しい旅人をよくも雇う気になったと、刹那は今でも不思議に思う。この家も、隣が好意で安く貸してくれた。今の刹那は、他人の善意で生きているのだ。


 「今日は苗を植えるんだって」


 「だいぶ暖かくなったからな。収穫が楽しみだ」


 「刹那は気が早いなー。収穫はまだ先だって」


 くすくすと笑う少年に刹那もまた穏やかな笑みを向ける。1歩踏み出すたびに、刹那の胸の上で鎖につながれた指輪が揺れた。














 泥だらけの手を冷水に浸すと、こびりついた泥がポロポロとはがれていった。がしがしと両手をこすり合わせて、汚れを洗い落とす。


 「刹那、お昼ご飯持ってきたよ」


 「ありがとう」


 駆け寄ってきた少年からサンドウィッチを受け取り、刹那は草むらの上に腰を下ろした。少年の母親が作ってくれたのだろうサイドウィッチにかぶりつくと、隣に腰を下ろした少年が同じようにサンドウィッチを口に運んだ。


 「ねぇ、刹那はここに来る前は宇宙にいたんだよね? 宇宙ってどんなとこ? 地球って本当に青いの? 星は?」


 「ああ、確かに地球は青かったな。星も無数に煌いて、とても美しかった」


 「うわぁぁ、いいな。ぼく、いつか宇宙で働きたいんだ」


 頬を紅潮させて語る少年に、ふと懐かしい面影が重なった。自分も宇宙で働くのだと言っていた青年、自分たちによって運命を狂わされた青年。彼は今、どうしているだろうか。


 「刹那?」


 少年に呼びかけられて、刹那は自分が物思いにふけっていた事を知った。いぶかしげな顔をする少年になんでもない、と笑いかけて、残りのサンドウィッチを胃袋に詰め込んだ。


 「そろそろ作業を再開するか」


 「え、もう!? 待って、ぼくまだ食べ終わってない」


 慌ててサンドウィッチを食べ始めた少年に、刹那はふわりと微笑んだ。














 茜色に染まった道を少年は駆けていた。刹那に頼まれた買い物は無事に終わり、あとは彼女にこの紙袋を届けるだけ。


 刹那は不思議な女性だと思う。


 2年前、ふらりとやってきた女性。行く所も帰る所もなく、気の向くままあちこち歩き回っているのだと語った彼女の顔は疲れきっているように見えた。お人好しなことで有名な母親が仕事と住処の提供を提案すると、遠慮しながらも最終的には受け入れてくれた。たぶん、彼女も安住の地を欲しがっていたのだろう。


 早く帰りたい。その思いで走るスピードを上げると、紙袋からリンゴがぽろりとこぼれた。慌てて追いかけると、リンゴは男性の足に当たって止まった。


 「ん、これ君の?」


 「あ、はい。ありがとうございます」


 リンゴを差し出してくれた男性は旅人のようだった。土ぼこりに汚れたコートを見るからに、もうずいぶんとあちこちまわっているのだろう。綺麗なブラウンの髪に、翠玉色の瞳、白い肌、この辺りでは見かけない容姿だ。ふと、彼の胸元に目をやった少年は首をかしげた。そこに鎖でつながれている指輪をどこかで見たような気がしたのだ。


 「あ、君この村の子? ちょっと訊きたい事があるんだけどいいかな?」


 「ぼくで答えられることなら」


 おずおずと答えると、男性は1枚の写真を差し出した。


 「この人を探しているんだけど、何か知らないか?」


 映っているのは1人の女性。奇妙な青い服を着たその女性は、少年にとって知りすぎている人物だった。


 あぁ、彼女は何者なのだろうか。呆然と写真を見つめながら、少年はそんなことを思った。








 もういちど出逢わせては貰えませんか











 お題はas far as I know さんよりお借りしました。