岸谷新羅は医者である。しかし正式に医学の勉強をこともなければ、医者の資格を持っているわけでもない。所詮はただの闇医者という奴で、しかし腕は確かなので客は喧嘩人形と称される旧友からまっとうな医者に診てもらうわけにはいかないわけありまで、様々な者が様々な事情と時折様々な厄介ごとを持ち込んでくる。そんな現状を新羅は「いつからウチは駆け込み寺になったのかな」と首をかしげることもあるのだが、まあ退屈もせず痛い目にあうこともそうないので「まあいっか」と恋人とのほほんと暮らしている。


 「はい、服着ていいよー」


 そんな新羅の恋人はセルティ・ストゥルルソンという名のデュラハンである。ぶっちゃけ人間ではない。それでも新羅は彼女を愛していたし、父親の岸谷森厳が所持する大量の書物などで人外についての偏見など消し飛んでいたので、種族の壁があろうとも首がなかろうとも大して障害にはならないというのが新羅の考えであった。彼女を連れてきてくれた父親に感謝である。


 「血圧正常、顔色もバッチシ、痣も捻挫も骨折も切り傷もなんにもなし」


 そんな理由からか、今日も新羅のところにはまっとうな医者にかかれない患者が来ていた。別に闇医者などこの池袋にはごろごろしているのだが、彼の場合、どうしても新羅ではなくてはいけない理由があった。


 「どこからどう見ても立派な健康体だよ、帝人くん」


 「・・・・・・そうですか」


 「清々しいくらい残念そうな顔するね、君」


 ものすごく眉を寄せてこれみよがしにため息をつく帝人に、新羅は肩を震わせてくつくつと笑う。これまで数多くの患者を診てきたが、健康と言われてがっかりする患者は初めてだ。


 「で、今回はどうしたんだっけ?」


 診察に使った聴診器や血圧測定の機械を片付けながら新羅が問う。ごそごそとシャツを着ていた帝人はさらりとなんてことないように、


 「鉄骨に押しつぶされました」


 なんて、表情と激しくちぐはぐな台詞を言ってのける。しかしそんな些細なことも、彼の診察を繰り返すうちに慣れてしまった。人間は麻痺していく生き物なのだ。


 「頭からこう、思いっきりグチャって。死因は圧死ですかね。あ、あと左腕、肘から先が千切れて吹っ飛んだんですけど」


 「ウチは専門的な道具がないから断定は出来ないけど、ちゃんとくっついてるから問題ないんじゃない? 左手、動かないとか痛むとかない?」


 「ありませんね」


 「じゃあ、やっぱり異常ナシだ」


 行ったのは簡単な健康診断と触診だけだが、こうして何の問題もなく生活できているということは、やはり異常などどこにもないということなのだろう。新羅が帝人の主治医となってまだそれほど経ってはいないが、今まで再生した彼の身体に異常があったことなど一度もない。


 まるで、『怪我』という事実そのものを拒むかのような、その身体。


 「どうする? 気になるって言うんならぼく以上にそっちに詳しい人、紹介するけど」


 「遠慮しておきます。これ以上バレるとめんどうですから。ただでさえ、厄介な人に目つけられちゃって」


 その厄介な人が誰を指すのか悟って、旧友が取るであろう行動を思い浮かべた新羅は口元を引きつらせた。元同級生なだけなのだが、なんだか罪悪感が湧いてくる。


 「なんていうか・・・・・ご愁傷様。あいつは昔からジャイ●ンだからね。俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの」


 「死ねばいいのに」


 某ネコ型ロボットで有名なアニメのキャラで例えると、帝人がその幼さが残る顔に不釣合いな毒を吐いた。見た目が可愛らしい少年なだけに、そのギャップに寒気がする。


 「あ、でも」


 新羅はその言葉を呼吸をするのと同じくらい自然に、微笑むかのように柔らかく、陽炎のようにうっすらと囁いた。


 「臨也のものになったら、帝人くん死ねるかもね」


 ぱちくりと、帝人が大きな瞳を瞬かせる。言葉はなく、代わりに動作で台詞の続きを促していた。


 「臨也って、昔からおもちゃ壊すの得意だったから」


 「おもちゃですか、ぼく」


 玩具扱いが気に入らないのか、帝人は唇を尖らせてそっぽを向いた。人間臭いその仕草を笑いながら、新羅はごめんね、と謝罪を述べる。


 「でもたぶん死ねませんよ。なんか気に入られたっぽいですから、ぼく。いくら臨也さんでも、お気に入りのおもちゃを自分で壊すほど頭壊れてないでしょう?」


 「いや、たぶん壊すよ」


 新羅は旧友と過ごした数年を振り返って、哂った。


 「だって、今だって充分ウザいあの愛情が思いっきり押し寄せて来るんだよ? 押しつぶされて壊れるね」


 愛しすぎて構いすぎて触れすぎて大切にしすぎて、壊れてしまう。そこに臨也の意志は関係ない。臨也は壊そうだなんて思っていないのだ。ただ、相手が勝手に壊れていくだけで。臨也の愛に耐え切れなくなってしまうだけで。


 静雄が力で相手を壊すなら、臨也は感情で壊す。それはもしかしたら、静雄よりも残酷かもしれない。しかも本人に自覚がないのだから、よけいにタチが悪い。


 「死因は愛、ってとこかな?」


 素敵じゃないか、と新羅は囁く。新羅はセルティの愛で死ねるなら本望と叫べる人間なので、死因は愛という言葉を本気で素敵だと思っていた。


 新羅の理論を聞いて、帝人は心底嫌そうに顔をゆがめた。眉間に深く深く刻まれた皺から、彼がどれだけ嫌がっているのか伺える。


 「嫌ですよ、そんな気持ち悪くてめちゃくちゃ苦しそうな死に方」


 「ん? 死に方選ぶの?」


 「選びますよ。苦しんで死にたくないです。ぱぱっと殺して欲しいです。そんな納豆も顔負けなくらい糸引きそうな死に方、本気で気持ち悪いです」 


 想像して鳥肌が立ったのか、帝人が己を抱きしめる。どこまでも人間臭い彼の仕草を、新羅はいつもおもしろいなぁと思う。


 新羅が思うに、彼にしても恋人であるセルティにしても、たまに人間よりも人間臭い取る時がある。基本的に考え方や言動は人外のそれだが、時折微かにどこか人間らしさが漂ってくる。


 毒されたのかな、と思う。セルティも昔に比べればずいぶんと柔らかくなった。それはいい変化だと思うから、新羅(どく)はへにゃりと相合を崩した。


 そういえば、と帝人が囁いた。


 「新羅さんは、ぼくに死ぬなって言いませんね」


 なんでですか、と帝人は尋ねた。新羅はその問いかけ自体が不思議で、へ?と目を瞬かせながら。


 「だって、帝人くんの人生はぼくのものじゃないし」


 それはなんて、当たり前な話。


 「帝人くんのものをぼくが勝手に決めるのも、失礼な事だろう?」


 新羅だってもちろん帝人に死んで欲しくないと思っている。彼がいなくなったらセルティも悲しむだろうし。けれど帝人の命は帝人のもので、それをいつ終わらせるのかどう使うのかは帝人次第だ。だから死なないで、なんて言わない。


 「ま、なるべくなら長生きして欲しいなあと思ってるけどね。あとできたら解剖させて」


 「両方ともお断りさせていただきます」


 残念、と新羅が笑ったところで廊下からなにやら物音が聞こえてきた。振り返れば、ちょうとセルティが部屋に入ってくた瞬間であった。お帰り、これは運命だよ! と熱い抱擁のために飛びついた新羅の顔に、セルティの綺麗な足がめり込む。


 『ただいま新羅。客人の前ではスキンシップ禁止って約束したの、忘れたのか?』


 「あ、ぼくは気にしませんからどうぞー」


 「ほらほら、帝人くんもそう言ってるし! 恥ずかしがらないでぼくの胸へ飛び込んでおいで!」


 『ウザい』


 ぐりぐりと頭を踏みつけられながらも、新羅はこれはこれでけっこう幸せだなあと思う。悦に浸っている新羅をよそに、人外同士は和やかに会談を続けていた。


 「セルティさん、お帰りなさい」


 『ただいま。なんだ、また怪我をしたのか、帝人は』


 「ええ、ちょっと。セルティさん、今日は白バイの人に追いかけられなかったんですか?」


 『シューターががんばってくれたからな』


 「それはなによりですね」


 頭上で交わされる会話? に和みながら、新羅は痛む顔をさすりながら立ち上がった。


 「セルティ、帰ってきて早々で悪いんだけど、帝人くんを送ってきてあげてくれないかな?」


 「え、そんな! いいですよ、セルティさんだって仕事から帰って来たばかりでお疲れですし」


 『帝人、私なら大丈夫だ』


 それでもなお渋る帝人に、でも、と新羅は切り札を出した。


 「普通に歩いて帰ったら、臨也に捕まっちゃうかもしれないよ?」


 「セルティさん、お願いします」


 即答だった。


 ころりと態度を変えた帝人に苦笑を浮かべながら、新羅は一礼して部屋を出て行く帝人の背中に手を振った。またね、と囁く。明日へ続く約束を彼は嫌がると知ってるけれど。


 別れの挨拶を断ち切るかのように、バタンと乱暴に、扉が閉まった。最後に霞のように「新羅さんのそんなとこ、ぼく、けっこう好きですよ」と誰かの囁きが聞こえたような気がしたけれど、所詮、気のせいでしかない。





 











 お題は選択式御題さんよりお借りしました。