勝手知ったるなんとらや、でその日も正臣はいつものようにチャイムも鳴らさずに親友宅の玄関に入った。お邪魔しまーす、と中の住人に聞こえるように叫ぶ。親友の両親は共働きで、この時間なら家にいるのは親友だけのはずだ。
なのに。
「だれ、きみ」
目の前に立っているのは、小学校低学年になるかならないかの、見たこともない子供。毒々しい赤の瞳を不信でいっぱいにしながら、腹立たしいことにこちらを見下していた。正臣の半分以下の身長しかないくせに、明らかに正臣を格下と見なしていた。
「・・・・えっと」
「なにきみ。ふほうしんにゅうってしってる? しらないの? ばかなんだね」
ハンッ、と子供が鼻で笑う。歳に不釣合いなその仕草に堪らなく腹が立って、自然と正臣の眉は釣りあがり、言葉も荒くなる。
「・・・・いいから、帝人は?」
「みかどくんのしりあい? きみが?」
心底嫌そうに子供が顔を歪める。その瞬間、正臣は決めた。これは、敵。絶対に分かり合うことのない、一生涯の天敵。子供の方もそう思っているらしく、射殺さんばかりの視線で正臣を睨んでいる。
一秒でも早くこいつから離れ、親友の顔が見たい。正臣が帝人の名を再度呼ぼうとした瞬間、廊下の置くからそれは飛んできた。
傘だった。
それは傘だったであろう物体。
骨という骨は折られ、柄はもぎ取られ、ただの槍となった傘(だったもの)が、まるでダーツの矢のように飛んできて、子供の髪を何本か散らし、正臣の頬に擦り傷を作り、玄関の戸のガラズをぶち破ってようやく止まった。かと思えば同じようなものが次々飛来し、最後には重い骨董ものの傘立てがまるで大砲の弾のようにやってきて、ぼろぼろだった玄関の戸にとどめを刺した。
「いぃぃぃざぁぁあぁやぁぁぁああぁあああああ」
地獄の底から響いてくるようなおどろおどろしい声と共にやってきたのは、目の前の子供と同じ年頃の子供。だがその小さな手が引きずっているのは、重厚な樫木で作られたテーブルだ。ちなみに正臣の身体より大きい。
あまりにもぶっ飛んだ、漫画かアニメの世界のようなその光景に、正臣の脳は即座にひとつの判断を下した。曰く、これは白昼夢であると。
ありえない。いつから親友の家はびっくり人間博物館になったのだ。こんなでたらめなことがあってたまるか。目の前で小さな戦争を起こし始めた子供たちを眺めながら、正臣は目を閉じて開いたら夢から覚めるのかな、と現実逃避をし始めた。
「あれ、正臣?」
二階へ続く階段からひょっこり姿を現した帝人に、正臣は泣いて抱きつきたくなった。まさしく天の助け。正臣は飛んでくるバターナイフや椅子を避けながら親友の下へと駆け寄った。
「帝人帝人帝人! どこ行ってたんだこんちくしょう! この数分間で俺の寿命がマッハで縮んだぞ!」
「はいはい、ちょっとトイレ行ってたんだよ。ていうかアポなしに来る君が悪い」
「なんだよー、つれないな。いつもはそんなこと気にしないくせに」
「気にしないっていうか、諦めてただけ。親しき仲にも礼儀ありって言うし、いい機会だから直そうか。これまではぼくだけだったけど、もう違うし」
「は?」
よくわからない台詞に首をかしげると、今まで正臣の顔があった場所に花瓶の破片が突き刺さった。もしも首を傾げなかったら、と想像して青ざめた正臣とは正反対に、帝人はめんどくさそうにため息をつくと、ごめんね、と正臣の頬の赤を撫で、小さな破壊神たちのほうを向く。
帝人の手には、彼が愛用しているボールペン。それを見た瞬間、正臣は一歩退いた。
激しさを増していく戦争と、それに巻き込まれてどんどん形状をなくしていく玄関を見つめ、帝人は大きく振りかぶると、投げた。
何の躊躇いもなく、なんの前触れもなく。
帝人の手を離れたボールペンはふたりの子供の空間を切り裂き、吸い込まれるようにして壁に突き刺さった。
「臨也、静雄」
ぎちぎちぎちっ、と不吉な音がする。帝人の右手には、黒い柄のカッターナイフ。
「動くな」
絶対零度の命令。そこに弁解や譲歩の余地はない。一斉に顔色を悪くした子供たちを、正臣はざまあみろ、と嘲笑う。とはいえ、間近に見る本気の帝人はすさまじく怖いので、正直正臣もこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「喧嘩なら外でやれって、ぼく、何回言ったかな? 臨也、バターナイフもナイフ類に含むから没収ね。静雄、あとで玄関直すから手伝いなさい」
原爆でも投下されたような惨状の玄関を見つめ、帝人は疲れたようにため息を吐いた。正臣はその背中になんと声をかけていいのかわからず、とりあえず無難にお疲れ様、と囁いた。
「つか帝人」
正臣は先ほどから気になっている質問を、今更ながらと思いながらも口にした。
「こいつら、だれ?」
きょとん、と帝人が目を瞬かせる。言ってなかったっけ? と驚く帝人に、正臣は呆れ顔で否、と応えた。ようやく落ち着いた子供たちも、口には出さないものの、視線がこいつだれ? と語っている。
「臨也、静雄、この人はぼくの友達の紀田正臣。殴ったり蹴ったりしちゃ駄目だからね」
「じゃあひねる」
「じゃあつぶす」
「うん、それが許されると本気で思ってるなら、君たち今すぐ幼稚園からやり直してきなさい」
ふたりの額にデコピンを喰らわせて、帝人は正臣と向き合うといつもの笑顔を浮かべて。
「こっちが臨也、こっちが静雄。父さんの知り合いの息子さんたちでね」
静かに無邪気に凶悪に、爆弾を落とした。
「ぼくの義弟たちだよ」
指先の遺言、狂人が生まれた命日
お題は00さんよりお借りしました。