スコープ越しに見える男の額に焦点を合わせると、肺に溜まっていた空気を一気に吐き出した。もう何年もこの仕事をやっているが、この瞬間だけはいつも緊張してしまう。


 狙い定めた男に鉛玉を打ち込むべくトリガーに指を置いた、その瞬間、


 「そこまでにしてもらおうか」


 突然背後から声をかけられ、頭に冷たい物を当てられる。感触から判断するにかなり鋭利な刃物。


 硬直したロックオンが動けずに居ると、スコープの範囲内から男が出てしまった。思わず漏れたため息に、背後から「ご愁傷様」と全く気持ちのこもっていない慰めがかけられた。


 「あーあ、逃げられちまった。仕事の邪魔しないで欲しいんだけど」


 「それはこっちの台詞だ」


 殺気と刃物が消えたので、ロックオンは振り返って後ろを見た。そしてまた硬直した。


 そこにたのは、ナイフを弄んでいる、少年にも見える少女だった。この国ではめずらしい褐色の肌が、何か記憶に引っかかる。


 「アンタだろう? 最近あの男の周りをうろちょろしているのは。おかげでターゲットに容易に近づけなくなった。どうしてくれるんだ。アリーに怒られるのは俺なのに」


 子供じみた、どこか理不尽な文句に思わず笑ってしまった。だが、彼女の口から出た人名に目を見開く。


 「アリー? アリー・アル・サーシェスか!? あの『紅い悪魔』がこっちに来てんのか!?」


 裏では名の知れた戦争屋。敵の返り血で染まったという噂の髪からあだ名された悪魔。彼を主と仰ぐのなら、この少女の名は。


 「お前さんが『死神の姫』か。なるほど、まさしくお姫様だな」


 「・・・・殺すぞ?」


 悪魔の子飼いの死神。名前と彼女が成した業績だけが知れ渡り、彼女自身についてはいっさい不明という話を聞いたときは、冗談半分で会ってみたいと思ったのだが。


 「で、そのお姫様が俺に何の用?」


 「さっきも言ったはずだ。あの男は俺たちの獲物。手を出したら殺す」


 「そりゃないぜ。俺だって仕事だし」


 「知った事か」


 ロックオンを冷たくあしらうと、刹那は踵を返した。その背に、ロックオンの声がかかる。


 「落し物だ」


 差し出されたのは、一本のボールペン。それを見た刹那は僅かながらもその顔に驚きを表した。


 「前にホテルでぶつかった時に落としただろ。まさかこんな場所で会うとは思ってなかったけど」


 「アンタ・・・・なぜ俺だと分かった?」


 刹那は女装している時以外、自分が女に見えるとは思っていない。それにあの時の刹那は化粧やらウィッグやらで別人に仕上がっていたはずだ。


 「俺一度会った女の子は忘れないからさー」


 「・・・・死ね」


 ロックオンの手からボールペンを奪い取って、刹那はさっさとひきあげた。


 「おーい、また会えるか?」


 「・・・・知らん」


 馬鹿げた問いかけに律儀にも返事をして、今度こそ刹那は夜の闇にその姿を消した。