砂漠のど真ん中であるここでの主な水の入手方法は井戸から汲んでくることだ。当然、シャワーなどあるはずがない。
慣れた手つきで井戸から水を汲み上げた刹那は、頭からそれをかぶった。冷たい水で体温を下げて、ようやく微かに喜色をその顔に表した。
もう一度、と水を汲もうとしたところで、背後から声をかけられた。
振り向くと、仲間だろう男(見覚えのない顔なのは新入りだからだろう。そうでなくとも、刹那は他人の顔など覚えないが)が立っていた。
「何だ?」
「隊長がお呼びです」
それだけいうと、男はそそくさと逃げるように去っていった。彼のような新入りなら、なるほど、刹那に畏怖を感じるのも当たり前だ。たかが16の小娘に与えられた肩書きは、彼らを驚かせるには十分すぎる代物だからだ。
『死神の姫』
刹那は舌打ちをすると、自分にそのあだ名を与えた男の元へと向かった。
薄暗いテントの中に、その男はいた。
君臨者、支配者、征服者、破壊者・・・・思わずその足元に頭をたれてしまいそうな雰囲気がその男にはあった。それはぼさぼさに伸ばされている血と同じ色をした彼の髪と髭のせいかのか、それとも鍛え抜かれた体躯のせいなのか。
どちらにせよ、彼は一目で普通ではない、と分かるような外見だった。
「ずいぶんとご機嫌斜めだな」
「アンタが邪魔をするからだ。あと、ここの男共が弱すぎるからだ」
男、アリーは刹那の愚痴を盛大に鼻で笑うと、手招いて刹那を呼んだ。
「・・んふ・・・ぁ」
そばに寄った瞬間に顎を捉えられ、刹那の全てを貪り尽くすような口付けをされる。たっぷり十秒はたってからようやく離れた二人の唇からは、細い銀糸が名残惜しげに伸びた。
「なんて目をしやがる。まるで娼婦みてぇだな。女になりやがって」
「アンタが仕込んだんだろ。で、用件は何だ? まさか、昼間っからこんな事をするために俺を呼んだわけじゃないだろ」
唇の端についた唾液を手の甲でぬぐいながら、先ほどの行為の余韻など欠片も感じさせない態度で刹那が訊いた。
「AEUから依頼があった。三日後には発つから準備しとけ」
「依頼内容は?」
「とある人物の暗殺」
返ってきた答えに刹那は驚いた。大規模な戦闘を好むこの男にしては、かなり珍しい。
「分かった。ジープを一台借りるぞ」
「どこへ行く?」
「街へ。準備をしろと言ったのはアンタだ」
アリーがこの依頼に刹那を連れて行く以上、現地では仕事が与えられるのだろう。女である刹那にしか出来ない仕事が。街に行くのは必需品をそろえるためだ。
「ついでに何か買ってくるものはあるか?」
「酒」
即答された答えに、刹那は予想してはいたものの、眉を寄せてため息をついたのだった。