『・・・・になった端末は現在電源をきっているか、電波の届かない場所に・・・・』


 同じ台詞を延々と繰り返す端末を閉じると、アリーはくつくつと笑った。刹那から帰還の連絡を受けてからそろそろ一日が経とうとしている。だが、刹那はホテルに姿を現すどころか、連絡さえつかなくなってしまった。


 つけっぱなしのテレビからはターゲットの死がニュースとなって報道されている。未だ犯人は捕まっていないというアナウンサーの言葉が正しいのなら、刹那は生きているはず。


 「ようやく手ぇ出しやがったな、あの男」


 そう呟いたアリーの顔は、まるで最高の喜劇をみているかのようにほころんでいた。


























 どこからか甘い香りがした。


 目を開いた瞬間飛び込んできた明るい光に、刹那は思わず再度目を閉じてしまった。目を押さえようと両手を動かすと、右腕に激痛が走り思わず呻いた。ズキズキと後を引く痛みのおかげで頭がはっきりしてきた。


 少し汚れた、しかしわりと綺麗に片付けられている見覚えのない部屋。どこかのアパートの一室だろうか。自分が寝ているのはスプリングがあまりきいていない硬いベッド。枕元には水と器に盛り付けられた桃が置いてあった。蜜か何かで煮てあるようで、顔を近づけると甘い香りがする。


 自分の身体を見ると、着ているのは自分のものではない男物のシャツとズボン。サイズが合わなくてぶかぶかだ。撃たれた右腕と左足には包帯が巻かれしっかりと治療されているようだ。そのほかに目立った異変はなく、どうやら自分は無事らしい。だがゆっくりとベッドから上半身を起こすと、それだけで身体に痛みがはしった。この状態ではまともに歩けまい。自力で帰るのは無理そうだ。どうしたものかと考え始めたとき、部屋のドアが開いた。


 「お、起きたんだな」


 「ロックオン・ストラトス・・・・・」


 相変わらずのうすっぺらい笑顔で現れた男を刹那は軽く睨んだ。意識を失う前、最後に見たのがこの男だったので、この状態に彼が関わっている事はなんとなく予想していた。


 「俺をどうするつもりだ?」


 「なんにもしねぇよ。ほら、桃食え桃」


 刹那のベッド脇にイスを置き、そこに腰を下ろしたロックオンは桃の入った容器を刹那へと手渡した。だが刹那はそれには手をつけず、ロックオンを睨み続けている。


 「・・・・・お前は丸一日眠っていた。身体に異常はなかっただろ。医者を呼んで治療させてもらったから、動きづらいけどその包帯は取るなよ。お前の荷物ならそこの袋の中だ。ナイフもちゃんと回収しておいた。っつーことで、少しは俺を信用しねぇか?」


 「・・・・・・・」


 確かにロックオンが指差した袋の中には刹那の持ち物が入っていた。もちろんナイフも。服だけがなかったので尋ねると、血まみれだったので捨てたという答えが返ってきた。しばらく無言で考え込んできた刹那だが、ロックオンの手から桃を乱暴に受け取ると口に運んだ。


 刹那が桃を食べ初めてほっとしたのか、ロックオンは笑顔で「水飲めるか? 他に食いたいもんあるか?」と尋ねてきた。とりあえず水だけもらい、刹那は一心不乱に桃に食いついた。身体にしみ込んでいく甘さで疲れが癒されるようだ。


 桃を食べ水分を取り、満腹になった刹那に襲ってきたのは猛烈な睡魔だった。必死に下がりつつある瞼を開けようと試みるが、刹那の努力とは裏腹に意識は朦朧としてきた。


 「眠いんだったら寝ちまえ、刹那」


 うとうととしている刹那に気付いたロックオンが笑いながら刹那の頭を撫でた。くしゃくしゃと頭をかき混ぜられ、その手を払いのけようと手を伸ばしたが、それすら叶わずのろのろとシーツの上に落ちた。


 「・・・なん・・・で・・」


 アンタは俺を助けたんだ?


 そう言ったつもりだったのに、暗闇に呑まれていく視界の中に見えたロックオンは、相変わらずの薄っぺらい笑顔だった。

















 「ようやく寝たか」


 完全に瞼を閉じ健やかな寝息を立て始めた刹那を見て、ロックオンは安堵の息を吐いた。一時は傷口からの熱でどうなることかと思ったが、先ほどの食欲を見る限り大丈夫のようだ。


 「なんで、か・・・・」


 最後に刹那が呟いた台詞を舌で転がす。偶然だった、と言えばそうなのだろう。ターゲットの護衛として潜入し、ゆくゆくはそのままターゲットを殺すつもりだった。だが、刹那が現れておかげで、その計画はおじゃんになってしまった。


 「なぁ、なんで俺はお前を助けたんだろうな。あの時・・・・」


 黒服の男達に囲まれて苦痛に顔をゆがめている彼女を見た瞬間、身体が勝手に動いていた。意識を失った刹那を運ぶのは重労働で、普段だったら同業者なんて助けるはずがない、はずだったのに。


 「なんでお前を見捨てられなかったんだろうな・・・・」


 どこか自嘲的な雰囲気を含んだその言葉は、刹那の寝息にかき消されて消えてしまった。