ちょこまかと忙しなく動きまわる姿からは体調の悪さはいっさい感じられない。けれどもコックピットから跳躍しようとして体勢を崩したりだとか時折目頭を押さえて何かに耐えているような姿から、決して万全の体調であるわけではないとロックオンは知った。


 「せつな」


 用があったわけでもないが、唇が勝手にその名を囁いた。彼が存在している事を確かめたかったのかもしれない。振り返った刹那の顔色を見て、理由は出来たけれど。


 「休憩しようぜ。もう二時間もやっているし、最初から休憩を取るって約束だっただろ? 約束守んないような子はガンダムになれないぞー」


 「十分休む」


 「三十分だ」


 「・・・・・十五」


 「・・・・・十七」


 「わかった、十六分だ」


 渋々、といったふうにスパナを手放した刹那に、ロックオンも頷く。当初の要求より六分も多く休んでもらえるのだから、いいほうだ。本当なら今すぐベッドにぶち込みたいところを妥協しているのだから、せめて一分でも多く休んでもらいたい。











 刹那は三日間眠り続け、突然何事もなかったかのように目を覚ました。


 まるで朝になったから自然と起きました、と言わんばかりに刹那はいつもどおりだった。けれどやっぱりその身体にはGN粒子が蓄積されていて、本人の強い希望とダブルオーガンダムなしではどうしようもできないほど追い詰められている戦況によって、こまめな健康チェックと監視付きでのガンダム搭乗が許された。


 こうして愛機の整備をする時でさえ、誰かがそばにいなくてはならない。そんな状況に文句ひとつこぼすことなく刹那は黙々と行動している。


 自分の身に起きている異変でさえ、顔色ひとつ変えずに受け入れた。うろたえても何も変わらないのだけれど、せめて涙くらいこぼしたっていいのではないかとロックオンは思う。


 泣き言を言わないから、なだめることも出来ず。


 涙を流さないから、その肩を抱くことさえ出来ず。


 いったい自分は彼のために何が出来るのかと考えても、せいぜいこうして時折休憩を提案することしか思いつかない。情けないくらい、何もできない自分に血がにじむほど強く唇を噛み締めた。


 床に座り込んで瞼を閉じている刹那の身体は確実に前よりも細くなっていた。ちゃんと睡眠時間はとっているはずだし、食事も栄養管理が徹底されたものを三食きちんと食べている。まるで何かに命をすわれているかのように、刹那は細く儚くなっていっている。


 「何を・・・・泣きそうな顔を、している」


 隣に座ったロックオンの頬を刹那の手が撫でた。ゆるゆると目を開けた刹那の口元はからかうように釣りあがっている。


 「馬鹿だな、お前。今の俺ではお前に実力行使に移されたら抵抗できないというのに」


 「しないさ。せつなに嫌われたくねーし」


 「それくらいのことで嫌ったりしない」


 こつん、と刹那の頭がロックオン肩口に預けられた。少しでも力を入れたら壊れてしまいそうな気がして、ロックオンは怖々とその黒髪に触れた。


 「・・・・・すまない」


 主語のない謝罪はロックオンの胸に深く染み込んだ。どうして彼が謝るのか。謝らなければならないのは、彼を力ずくでベッドに放り込むことも彼の苦しみを和らげることも彼を支えることもできない自分ではないのか。


 「お前に迷惑ばかり、かけているな」


 「そんなこと・・・・」


 「それでも、もう止まれないんだ」


 鋭い矛で胸を刺されたかのような衝撃が走った。苦しそうに眉を下げて、それでも刹那は微笑んでいた。止まれない。止まらない、と刹那は笑った。


 「決めたんだ。だから、俺は止まらない。何があっても歩き続ける。例えこの」


 「言うな」


 気がつけば、強く刹那を抱きしめていた。触れれば手のひら越しにその細さが伝わってきて、愛しさと同時にやり場のない悲しみがつのった。


 「その先は言わなくていい。謝らなくてもいい。刹那が歩き続けるなら、俺も一緒の道を行く。刹那ひとりだけいかせるもんか」


 彼が戦場で燃え尽きるのなら、共に灰になろう。それでいい。またひとり残されるくらいなら、共に宇宙の塵と成り果てたい。どこまでも共に在りたい。


 「もう、ひとりは、いやだ」


 子供じみた泣き言だと我ながら呆れたが、もう体裁なんて繕っている場合ではなかった。ひとり蚊帳の外は嫌だ。置いていかれるのはもうこりごりだ。勝手に逝かれるなんてまっぴらごめんだ。折れそうな彼の身体を抱きしめて、ロックオンはひたすら囁いた。


 「ロックオン」


 そんな駄々っ子のようなロックオンの背中をぽんぽん撫でて。


 「ありがとう」


 小さなその感謝に、無性に泣きたくなった。