「結論から言うと、ただ寝てるだけよ」
本人は冷静に言ったつもりであろうその声はどこか震えていた。こんな時ぐらい、取り乱したとしても誰も彼女を責めるはずがないと思ったが、口に出すのはやめておいた。
「スメラギさん、それはいったい・・・・」
険しい表情をしたアレルヤが尋ねるが、スメラギは力なく首を横に振った。詳しい事はまだほとんど分かっていないのだろう。
医務室には現場にいたフェルトとロックオンの他に、スメラギと残りのマイスター二人が集合していた。刹那は医療用カプセルに運び込まれ、フェルトが懸命に検査している真っ最中だ。
「血圧も異常なし、脈拍も普通どおり、これといった外傷があるわけでもないしトレーニングのやりすぎによる貧血でもない。本当に、ただ寝ているだけなのよ、刹那は」
「普通に行動している最中に突然寝るって・・・そんなこと、あるんですか?」
「今がまさにその状況よ、アレルヤ」
疲れたようなため息をひとつ。肩を落としたスメラギは自分の腕をつかんで必死に震えを隠しているようだ。
「今フェルトに検査してもらってるけど・・・・どう? 何か分かった?」
「ひとつだけ・・・・まだ、詳しいことはわからないんですけど」
これ、見てください。フェルトが指差したモニターには刹那の身体の検査結果が表示されていた。確かに脈拍も血圧も異常は見当たらない。
「以前、刹那が怪我をして帰ってきたことがありましたよね?」
ああ、あれか、とロックオンは思い出す。メメント・モリ破壊の際にはぐれた時のことだ。ろくに手当てをされていなかったその傷は、確かダブルオーが放出するGN粒子によって完治されていたはずだ。
「刹那の身体に蓄積されているGN粒子は肉体に影響を与え傷の回復を早めます。ですが、その影響が良いものだけとは限りません」
「つまり、これはGN粒子による副作用的なものってこと?」
「あくまで憶測ですけれど・・・・・ここ最近の刹那の異常なほどの休眠時間はそのせいかと。時期的にも一致しますし」
ロックオンはモニターに目をやった。確かに刹那の身体には大量のGN粒子が蓄積されている。それも連邦の太陽炉もどきや自分たちのガンダムとは比べものにならないくらい、高濃度のGN粒子が。
諸刃の剣だ、と声に出さすに囁いた。
今ダブルオーガンダムを戦場に出さないわけにはいかない。ただでさえアロウズの新型が出てきて苦しい時に、頼みの綱であるダブルオーガンダムがなければ、きっと自分たちは終わる。
けれどダブルオーガンダムを出撃させれば、刹那の身体に危険が伴う。
「・・・・そう、わかったわ。フェルトは引き続き検査をお願い」
了解しました、とフェルトが画面と向き合う。厳しい顔をするスメラギに、さらに厳しい声でティエリアが問うた。
「これからどうするつもりですか?」
「どれのことかしら?」
主語のない質問の答えは無限にあった。ティエリアが言う『これから』が自分たちのものなのか、それとも刹那のものなのか。どちらも同じようなものだと思った。
「・・・・・刹那をダブルオーから降ろすことはできないわ。あれは刹那にしか操縦できないもの。ラッセや他の予備パイロットじゃ無理でしょうね。もちろん、散々失敗したあなたも、ね」
「・・・・・そんなこと、重々承知しています」
顔を歪ませるティエリアの手は関節が白くなるほど強く握り締められていた。
「幸いにもアロウズに動きはないし、私は自室にこもってこれからのことを考えるわ。あなた達も今日は休んでちょうだい。最悪、ダブルオー抜きでの戦闘も考えられるのだから」
その最悪は誰にとっての最悪なのか。ロックオンが追及する前にスメラギは出て行った。少しして、アレルヤとティエリアも自室に戻っていった。二人とも足取りはしっかりしていたものの顔色は優れなかった。
「あなたは行かないの?」
「もう少しここにいるさ。気が散るようなら出て行くけど」
「構わないわ。あなたはここにいてあげて」
もっと棘のある台詞を言われるのだと思っていた。驚いてロックオンがフェルトのほうを向くと、彼女はロックオンを睨むでもなく笑うでもなく、ただ真剣な声で言った。
「刹那のそばにいてあげて」
瞠目すると、ロックオンは刹那が眠る医療用カプセルが鎮座されている部屋を隔てるガラス板にこつんと額をあわせた。
あり得ないなんてことはあり得ない。どこかの漫画に載っていた言葉を、今ようやくロックオンは理解した。なにもかも否定することはできない。例え小数点が何個もつくような確率であっても、その事柄が起こる可能性は存在するのだ。
例えば。
この瞬間、刹那がなんともなかったかのように目を覚ます可能性もある。
これから先、何日何週間何ヶ月何年何十年と刹那は眠り続ける可能性もある。
あり得ないなんてことはあり得ない。その事実に、背筋が震えた。
(せつな)
声が聞きたい。目を開けて欲しい。その肌に触れたい。名を呼んで欲しい。
(俺の名前を)
ライル、と呼んで。