「どいて!」
午前中いっぱいかかった機体整備からようやく解放されたロックオンの隣をものすごい勢いで通り過ぎたのは、彼女にしては珍しく血相を変えたフェルトであった。器用に壁を蹴って飛んでいくフェルトの背を何事か、と見送っていたロックオンの後頭部に殺人的な音を響かせて赤ハロがぶつかった。
「アブナイ、アブナイ」
「いってぇぇ・・・なんなんだよ、あのお嬢さんも、お前さんも」
「キンキュウジタイ、キンキュウジタイ」
そうわめかれても、ぱたぱたと耳? を動かすその可愛らしい姿では実感が湧くはずもない。
「緊急事態? アロウズでもやってきたか? それともこの戦艦に不備でも見つかったとか?」
茶化して言うものの、ロボットであるハロに通じるわけもなく。何の反応も返ってこなくて当然だと知りつつも、むなしくなった。機械相手になにやってんだ、と軽く自己嫌悪を露にするロックオンを気に留めるでもなく、ハロはその『緊急事態』を口にした。
「セツナ、タオレタ」
「なにっ!?」
その言葉はロックオンが挙げたどの理由よりも『緊急事態』だった。
赤ハロに道案内を頼み、たどり着いたのはトレーニング・ルームだった。思わずまたか、と顔をしかめてしまう。自分の身体を省みずトレーニングに打ち込んでしまう刹那は、以前にも何度かトレーニング・ルームで倒れたことがあるのだ。
トレーニング・ルームに入ると、部屋の隅に刹那が倒れていた。擬似重力が働いているここでなんとか移動させようと女の細腕でがんばったのであろう痕跡があちこちに残されていた。
「刹那」
乱れた髪をすき、頬をぺちぺちと叩くも返事が返ってくることはない。きつく瞼を閉じたその顔を見たロックオンは首をかしげた。倒れた、にしては表情に苦しみがない。顔色も良好で、最近見た中では最も健康に近い色をしているのではないかと思う。
とにかく倒れたのならば何か原因があるのだろう。すぐさま医務室に運びたいところだが、原因が分からないまま下手に動かして悪化させては元も子もない。
「赤ハロ、刹那の具合とかわかるか?」
「リョーカイ、リョーカイ」
物は試しで赤ハロに尋ねると、なにやら両目部分が光り始めた。どうやら赤ハロにも簡単なメディカル機能がついているようだ。不安に顔をこわばらせるロックオンに、診察を終えた赤ハロはいつもと何ら変わりない合成音でこう告げた。
「イジョウナシ、イジョウナシ」
一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。へ、と間抜けな顔をするロックオンの心中などこれっぽっちも知らない赤ハロはぱたぱたと可愛らしく跳ねながら。
「ネテルダケ、ネテルダケ」
数泊置いて、嘘だろ!? という大声がトレーニングルームに響き渡った。