パイロットスーツというのは吸収性に優れていない。宇宙で使われるものだから仕方がないと納得できるのだが、ミッション後はどうにかして欲しいと切に願う。


 「うっわ、汗だく」


 「こればっかりは仕方ありませんよ。我慢してください」


 そう言うアレルヤも我慢ならないのか、着替えの手を早めている。ロックオンは上半身だけインナー姿になると、余った袖口を腰でまとめ一息をついた。


 「あれ、刹那は着替えねーの?」


 渋い顔で壁に寄りかかったまま着替えようとしない刹那を不審に思って声をかけるも、彼はぎろりとロックオンを睨んだ。


 「誰のせいだと・・・・・」


 「へ?」


 射殺さんばかりの瞳で睨まれるも、ロックオンには身に覚えがない。ティエリアも「またなにかやったのか」とロックオンを睨みつける。


 「えーと、刹那さん? 何かしたんだったら謝るから俺がなにしたのか教えてくれませんか?」


 「・・・・覚えてないのか」


「まったく」


 刹那の唇から漏れたため息がロックオンの心をえぐる。何かした、と言われれば色々あるけれど、脳裏に浮かんだそれらと刹那が着替えない理由が結びつかない。


 「お前、昨晩思いっきり痕をつけただろ」


 「あ・・・・」


 そういえば、昨晩刹那が何も言わないのをいいことにあちこちに所有痕をつけまくった。首元まで覆っているパイロットスーツのおかげで見えないが、その下で紅いそれらが存在を主張しているのだろう。


 「それは・・・・・すみませんでした」


 「まったくだ」


 「おい、何を隅でこそこそしているんだ」


 「刹那、もしかして怪我でもしたのかい?」


 心配そうなアレルヤの声にぎくっと刹那とロックオンが飛び上がった。心配してくれるのはありがたいのだが、今はかなり困る。ロックオンはつけたことにこれっぽっちも後悔していないし、むしろ牽制のためにみせびらかしたいくらいなのだが、そうすると完全に刹那の機嫌を損ねてしまう。それだけはなんとしても避けたかった。


 「い、いや大丈夫だ、アレルヤ」


 「そうそう、なんでもないってさ。お前らもう着替え終わったんだろ。報告書作んなきゃならいんだから、さっさと部屋に戻った方がいいって」


 即席で作った言い訳は我ながらものすごく説得力に欠けていた。部屋の隅っこで薄ら笑いを浮かべながらじりじりと後退っているやつがいたなら、自分だったら絶対問い詰める。不審者すぎる。


 「アレルヤ、緊急医療セットをもってこい」


 キラリ、と近づいてくるティエリアの眼鏡が光った。どうにかして止めたいが、残念ながらロックオンはティエリアに勝てる自信がない。それでも、と精一杯ティエリアの目の前に立ちふさがったが。


 「邪魔だ、ロックオン・ストラトス」


 「ぎゃんっ!」


 「ロックオン!」


 ティエリアの華奢な身体には不釣合いな威力を持つキックをくらったロックオンはあっけなく地面に倒れた。刹那も抵抗を試みるものの、 あっというまにおさえつけられる。


 「ティエリア、医療セット持ってきたよー」


 「さぁ、観念して傷口を見せるんだ。今ならそこに転がっている無能と一緒に一時間正座で反省会コースだけで済ませてやる」


 「変わったね、ティエリア。昔は二時間だったのに」


 「ふ、僕だってそこまで鬼じゃないさ」


 充分に鬼だ。刹那とロックオンは同時に同じことを思ったが、口には出さないでおいた。


 ロックオンは踏み潰され、刹那は壁に追い込まれ。ティエリアが刹那のパイロットスーツに手を掛けた瞬間、ロックオンは覚悟を決めた、が。


 「なんだ、なにもないじゃないか」


 「・・・・へ?」


 おそるおそる目を開けると、拍子抜けしたような顔をしたティエリアが呆然と立つ刹那から離れていくところだった。慌てて駆け寄って確かめるも、朝にはあれほど目立っていた所有痕が綺麗さっぱり消えていた。


 「なん、で・・・」


所有痕、といえば聞こえはいいが、正確には軽度の鬱血だ。こんなにも早く消える代物ではない。


 「アレルヤ、医療セットをしまってきてくれ。必要がなくなった」


 「刹那怪我してなかったんだ。良かった」


 「まったく、人騒がせだ」


 怪我がないと知って安心したのか、アレルヤとティエリアはさっさと自室へと引き上げていった。ロックオンといえば、刹那の身に起きた不可解な現象に動けずにいた。


 「俺、そんなに軽くつけたっけ・・・・」


 「さあ・・・? とりあえず、俺はもう着替える。お前も報告書を作らないといけないだろう。さっさと自分の部屋へ帰れ」


 緊張が解けて眠くなったのか、大きなあくびをしながら着替え始めた刹那に見送られ、ロックオンは部屋を出た。


 頭の隅に残ったもやもやは、とうぶん消えそうにはないと確信しながら。