敵総数50、アロウズ不在、新型も確認できず。
ディスプレイに映される情報に一通り目を通すと、刹那は後方、ダブルオーライザーのコックピットで待機している沙慈に声をかけた。
「緊張していないか?」
「だ、大丈夫だ、よ・・・」
通信機からやや上ずった声が聞こえる。これでもガチガチに緊張していた最初に比べれば、ずいぶんと慣れたほうなのだろう。人殺しに慣れるなんて、あってはいけないことだけど。
(何を、今更・・・・)
人殺しに慣れきっている刹那は人知れず自嘲した。その時、ディスプレイの時刻がミッション開始を告げた。
「刹那・F・セイエイ、ダブルオーガンダム」
通信機からの「待った、まだ心の準備がっ!」という叫びに意地の悪い笑みを零しながら。
「目標を駆逐する」
青と白の機体は、宙を駆けた。
重い。まるで皮膚の下が鉛にでもなったかのようだ。手を動かすだけでも億劫だ。
「刹那、お疲れ様。スメラギさんのところに、報告に行かないの?」
「すまん、俺は後から行く」
通信機越しに刹那の体調を察したのか、沙慈は「ぼくがやっておくから」と気遣うような言葉を残して通信を遮断した。沙慈の配慮に感謝しながら、刹那は酷く緩慢な動きでヘルメットを外した。
開きっぱなしのハッチから遠くの方で色とりどりのハロたちが動き回っているのが見えた。意味もなくそれを見つめている刹那の瞼は、自身の意思とは裏腹に閉じられようとしている。
(眠るな・・・・まだ、聞こえない)
何が? 決まっている。自分を呼ぶ、あの声がーーー
「刹那!」
鋭く名を呼ばれて、刹那は心地良いまどろみから一気に覚醒した。見れば、ハッチに覆いかぶさるようにしてティエリアが立っている。
「酷い顔色だ。ちゃんと休眠は取っているのか?」
「ティエリア・・・・」
ティエリアに支えられながら起き上がり、一歩踏み出す。無重力空間は歩くのにそれほど力を必要としないから、今の刹那にはありがたかった。
「いつになってもでてこないから、心配した。医務室に行くか?」
「大丈夫、だ」
「大丈夫な人間は、そんな顔をしない」
精一杯の強がりも、反論を許さないティエリアの台詞に両断される。
「君はもっと自分の身体を労わるべきだ。今も昔も、そういうところは変わっていない。だいたい、君の休んだは休眠のうちにはいらないんだ」
強引に刹那の手を引きながら、ティエリアはガトリング砲のように次々と小言を連発する。一見口うるさいこの小言も、自分の身を案じてのことだと知っているから、刹那は苦笑するだけで反発しようとはしなかった。
「刹那、再度言うがもっと自分の身体を大切にしろ。君の代わりはいないのだから」
医務室の前、ティエリアがこれ以上ないくらい真剣な表情でそう言った。昔だったら言われるはずのなかったその言葉に刹那は少し笑って、ティエリアに礼を言った。
(それにしても・・・・)
いくらミッション終了後とはいえ、コックピットの中でうたた寝してしまうとは。フェルトに言われてから刹那なりに休養をとったつもりだったのだが、やはりティエリアが言うように、自分の休んだ、は休みのうちに入らないのだろうか。
(フェルトにバスソルト、借りてみるか・・・)
まさか使う事になるとは思わなかったその製品のことを考えながら、刹那はメディカルマシーンの電源を入れた。