アラームが廊下に鳴り響く。狭い廊下に反響して、さらに大きな音となってまた反響する。嫌でも高まっていく緊張感に、ロックオンは最後の戦闘が近づいてくる足音をひしひしと感じていた。


 「どうした」


 ぽん、と方を叩かれて振り返れば、すでにヘルメットを装着した刹那が立っていた。その後ろでは白い宇宙服を着込んだ沙慈・クロスロードが不安そうに立っている。


 「三十分後には出撃だ。もたもたしている時間はないぞ」


 「・・・刹那も行くのか」


 質問ではなく確認だった。以前の宣言どおり、あれから刹那はガンダムに乗ることを当然とし、躊躇うことなく戦場に出た。だからきっと、今回も。


 「・・・・大丈夫だ」


 「何が」


 根拠のない言葉など信じたくはなかった。そうやって安心して、もし刹那が帰ってこなかったら? その絶望に耐え切れる自信はロックオンにはなかった。


 「本当なら、どこにもいかせたくない」


 出来ることなら、この腕に閉じ込めて。彼とふたり、果てることになったとしても決して後悔などしない。世界の命運もCBの存亡もどうだっていい。


 「お前は馬鹿だな」


 本当に馬鹿だ、と刹那はどこか嬉しそうに笑った。刹那の手のひらがロックオンの頬に触れる。しかし吸水性以外は優れているパイロットスーツは刹那の熱を伝えてくれない。そのことが酷くもどかしく感じられた。


 「俺を連れ去るなり監禁するなり、すればよかったのに」


 結局なにもしないのだから、本当に馬鹿だ。


 しないのではなく出来なかったのだと、ロックオンは反論したかったけれど、理由はなんにせよ行動しなかったという事実はかわりないのだから黙っていた。


 「してほしかった? 俺が刹那をさらったら、刹那は俺についてきてくれた?」


 どうせ否定される質問だとわかっていた。それなのに尋ねたのは、さらえばよかったのに、なんて言う刹那に対して、少しだけ意地の悪い感情が浮かんだからだ。


 彼は立ち止まらない。だから、きっとロックオンと共に逃げてはくれない。そのはずなのに。


 「さあ、な」


 唇の端を吊り上げて颯爽とした笑みをこぼした刹那に、ロックオンはただ己の目と耳を疑うことしか出来なかった。


 「時間だ。行くぞ」


 「う、うん」


 後ろでおどおどしていた沙慈も、刹那の後を追ってロックオンの隣を通り過ぎた。ただ、彼は去り際に一言。


 「刹那が無茶しないように、ちゃんと見張っておきます」


 いくら慣れたとはいえ一般人である彼はロックオンなんかよりはるかに不安なのだろう。けれどそんな彼にでさえ気を使われるくらい、今の自分は酷い顔をしているのかとロックオンは誰もいなくなった廊下で自嘲した。


 足元で兄の遺品であるハロがぽんぽんと跳ねている。時間は止まってくれない。刹那も止まりはしない。だから、自分も。


 「・・・・・行こうぜ、相棒」


 変革を促したからには、止まってはいけないのだ。











 宇宙で輝く光は、命が散った証だ。敵討ちを遂行したロックオンが切羽詰ったフェルトによる通信から刹那を迎えに行った頃には、その場には命の光が満ちていた。


 何かするにはもう遅すぎて、全てが終わったのだと悟るには少し時間がかかった。


 「刹那!」


 ケルディムもロックオン自身も満身創痍だったけれど、今の刹那に比べればなんてことはない。割れて露出したコックピット内でぴくりともしない刹那を担ぎ上げて、ロックオンは全力で母艦へと急いだ。


 先ほどの戦いでまた、刹那はGN粒子を酷使した。彼の身体がどうなってしまうかなんて、考えたくもないけれど。


 「ロックオン!」


 刹那を背負い、転がるようにコックピットから出てきたロックオンに、フェルトが悲鳴じみた声をかけた。彼女の視線がぼんやりと視線を宙にさまよわせる刹那に向かった瞬間、フェルトが小さく息を呑むのがわかった。しかし、彼女はすぐさま毅然とした表情にもどり、素早く己がとるべき行動に移した。


 「カプセルはすでに準備させてあるわ。急ぎましょう」


 「ああ」


 ロックオンもまた怪我をしている。それをカバーするようにフェルトが隣に立ち、ふたりで刹那を運ぶ。出来るだけ彼の負担を減らすように、けれど急いで。


 「・・・・刹那」


 フェルトが呼びかけると、弱々しくだが刹那は反応を返した。安心させたかったのかもしれない。けれどその思惑とは裏腹に、フェルトは泣きそうな顔をした。


 「・・・・眠いんだ、フェルト」


 「せつ、な?」


 刹那を背負っているロックオンからは、彼の表情は見えない。しかしロックオンの衣服を掴む彼の力が強まった、それだけで充分だった。


 「眠くて、あれだけ寝ていたのにすごく眠くて、でも眠るのが怖いんだ」


 夢が怖いのだと、刹那は囁いた。


 「ずっと、誰かが迎えに来る夢をみていた。もしかしたら、ニールかもしれない。俺は、あいつに連れ去られてしまうかもしれない。だから、怖いんだ」


 子供のように、怖いと刹那は繰り返した。ロックオンが小さく大丈夫だと囁くと、ぴくりと刹那の身体が震えた。


 「兄さんが迎えにきたら、俺が追っ払ってやる。怖い夢をみたなら、俺が起こしてやる。だからもういいんだ。もうがんばらなくてもいい。ゆっくり眠って、休んでもいいんだ、刹那」


 「そうだよ。ロックオンだけじゃ不安なら、私もそばにいるよ。ひとりにしないよ。連れて行かせない。だからね、刹那」


 おやすみなさい、とふたりで声をそろえて囁いた。すでに瞼を閉じてしまった彼に、届くように。彼が安心して眠れるように。








 疲れ果てた刹那は眠りに落ちた。それから長い月日が立ったけれど、彼が目覚めることは二度と、なかった。