生まれた時の記憶など持っている者だろいないだろう。だが、自分は持っていた。それも、かなり鮮明に。
正確に言えば初めて目を開けたときの記憶なので、生まれた時と言っていいのか分からないが、目を開けたらそこはやけに鮮やかな青い液体が満たされた巨大な試験管のようなものの中で、ガラス越しに見える白衣を着た人間たちが歓声をあげていたから、やはりこれが自分が生まれた瞬間なのだろう。
生まれて数時間で試験管から出され、真っ白な部屋に連れて行かれた。そこには自分以外にも人がいた。自分と同じような簡素な服を着せられた、仲間たちが。言葉を交わしたことなどなかったが、人目で自分たちは同類だと分かった。自分の対になる者も見つけた。
やがて白衣を着た人間たちが集まってきて、やかましく『説明』とやらを喚きたてた。イオリア・シュヘンベルグの計画がどうとか、イノベイターがどうとか。欠片も興味はなかったが。
人間たちの『説明』も終盤に差し掛かった頃、一人の子供が連れてこられた。他の人間とは違う、黒髪に褐色の肌をした幼子だった。
『彼女が計画の核だ』
人間は端的にそれだけ言った。何も分かっていないのか、子供はとてとてと自分たちに近づいてくると、大きな赤褐色の瞳でじぃっと見上げてきた。
『すっごく綺麗な色。お兄さんたち、だぁれ?』
無邪気に、そう笑った。
それは、自分たちに初めて向けられた『笑顔』だった。
気付けば皆膝を折り、彼女に頭をたれていた。なぜなら、彼女は自分たちの主だから。
『イノベイター・・・・あなたの盾となり、矛となる者です、姫』
それが、始まりだった。
「そう、あれが始まり・・・・」
中庭のカモミールの花を手折りながら、誰に言うでもいうでもなくブリングは呟いた。かの女性が望んだとおり、カモミールの花は美しく咲いた。だが、今ここにはそれを喜ぶ女性はいない。
「ブリング、ここにいたのか」
振り向く必要も、声を聞く必要もなく、ブリングは背後に立ったのが誰だが分かっていた。自分たちは繋がっているのだから。ブリングは自分の片割れに声をかけるでもなく、黙ってその隣を通り過ぎた。ディヴァインも黙って、それに続いた。
広間にはすでに他のイノベイター全員が集まっていた。皆立ったり座ったり思い思いにその場に留まっていたが、表情だけは皆同じだった。誰もが、痛みをこらえるような沈痛な面持ちをしていた。理由は一つ。
宿敵、ソレスタルビーイングによる、彼らが全身全霊で護るべき、仕えるべき女性の拉致。
それは彼らにとって、許されざる失態だった。否、失態と言う言葉では言い表せない。もはや罪と言っても過言ではない。
「姫ご救援の目処はどうなっているのですか、リボンズ」
「今人間たちに捜索させているが、彼らの元に姫がおられる以上、手荒なまねはできない」
「ではどうしろと言うのですか!」
「リヴァイブ、落ち着いて」
激昂したリヴァイブを、アニューが宥める。彼女の目は真っ赤に腫れていた。最後に会ったのが彼女だった。それゆえ、自分が傍にいれば、と後悔しているのだろう。
「彼らも姫に手荒な真似はしないだろう。姫は・・・・・『刹那・F・セイエイ』だったのだから」
「ですが、今はもう違います。そうでしょう?」
アニューが泣きそうな声で言うとおり、彼女はもう『刹那・F・セイエイ』ではないはずだ。自分たちが、そのように処置を施したのだから。
「だが、CBにはティエリア・アーデがいる。彼は自らの意思で脳量子波を使う事が出来ないとはいえ、何があるか分からない。もし、彼の脳量子波に当てられて記憶が戻ったりしたら」
「関係ない」
リボンズの言葉を遮るように、リヴァイブは言葉を吐き出した。皆がいっせいに、リヴァイブに視線を向ける。
「記憶が戻っていたのなら、また処置を施せばいい。手荒でも何でも構わない。私たちはありとあらゆる手段を使って取り戻す。私たちは」
姫の盾となり、矛となるべき者、イノベイターだ。その言葉に、その場にいた全員が頷いた。その場にいた全員が、同じことを思った。
そして彼らは動き出す。彼らが跪くべき、唯一無二の主を取り戻すために。
孤影、寂寥の痕に君を思う
(いざゆかん、囚われの姫を再び我が手に)
お題はイデアさんよりお借りしました。