一歩踏み出すと、靴底で何かが割れるような音がした。おそらくガラスの破片でも踏んだのだろう。ここはまだ室内だというのに、危なっかしくてしかたがない。掃除でもしようかとたまに考えるが、馬鹿みたいに広いこの施設のほとんどがこのような有様なのだから、全部片付けていたらきっとニールの寿命は終わる。
崩れている鉄筋コンクリートの柱を越えて、汚水となった雨水の溜まり場を慎重に渡る。ぼうふらでも生息しているんじゃないかと思うくらい濁ったそれをみて、ロックオンはものすごく掃除をしたい気分に駆られた。
毎日足繁く通っていたものだから、目的の部屋までの道はすっかり覚えた。フレームが割れて見難くなった案内板はきっともう誰にも使われない。馬鹿みたいに広くて迷路のように複雑に道が入り組んでいたこの施設が機能していた以前ならまだしも、もはやロックオン以外誰も足を踏み入れることのなくなった廃墟と化した今ではガラクタ以外の何物でもない。
ふと以前、この案内板に描かれている地図をコピーしてデータとして送ってくれた人物を思い出した。だからだろうか、なぜかこの案内板を片付けようという気にはならない。彼女と繋がっていたもの全て、ニールにとってかけがいのないものだから。
開きっぱなしの扉をくぐると、いつもどおり、そこには彼女がいた。全く変わらないその姿が愛しいと思える。天井の一部が崩れそこから漏れる日の光が、壊れた電灯のかわりに彼女の横顔を照らす。
「おはよう、刹那」
いつもどおりの挨拶。
その挨拶に返事が返ってこないのもまた、いつもどおり。
砕けたコンクリートと折れた支柱に囲まれるようにして、まるで眠っているかのように刹那は底に鎮座していた。ずっと、ずっと、変わらぬ姿で。