ひんやりと冷たい手が、腫れあがった頬にはちょうどいい。うっとりと目を伏せると、手が離れ代わりに濡らした布が当てられた。それも程よく冷たくて気持ち良いのだが、手の方が良かった、と刹那は唇を尖らせた。


 「よく冷やしておかないと、明日の朝酷い事になるぞ」


 「もう腫れているから関係ない」


 その返答にため息をついたティエリアの手を、再び自分の頬へと当てる。ティエリアは驚いて瞠目したが、拒絶する事はなかった。外されたタオルが座り込んでいるベッドに水滴を零したが、どうせティエリアのベッドだから自分には関係ない。


 「まだ痛むか?」


 「いや、もう痛まない。ロックオンは大丈夫だろうか」


 「なぜ彼の心配をする? 君を殴ったのは彼だろう」


 「俺を殴った手、とても痛そうだった」


 ぽつり、と呟くとティエリアは面白くなさそうな顔をした。おおかた、刹那が自分以外の誰かの事を心配しているのが気に食わないのだろう。そんな子供じみた独占欲に刹那は少し笑った。


 「それで、まだ君に尋ねたい事があるのだが」


 「経緯はだいだい説明したはずだ。あれは完全にオレの独断行動で、ロックオンはそれに巻き込まれただけだ」


 「そんな事は分かりきっている」


 かちゃり、とティエリアは眼鏡をはずした。窓から差し込む月明かりで、その美貌がさらに美しく見えた。レンズ越しではない、自分のそれよりも鮮やかな紅の瞳に見つめられて、刹那は背筋が凍りつくような錯覚を覚えた。


 「あの男は、誰だ?」


 びくり、と刹那の身体が震えた。その様子を見つめながら、ティエリアは再度問うた。


 「君がその身体をさらしてまで、対峙しようとしたあの男は誰だ?」


 「ティエ、リア・・・・・」


 「君の心に巣食っている、あの男は誰だ?」


 「ティエリア!」


 叫んだ刹那の顔は、見るのが痛々しいくらい真っ青になっている。握り締めた拳の間接部分が白くなっているの見たティエリアは、その手を取ると軽く口付けた。


 「僕にも、言えないか」


 「・・・・違、う」


 顔をゆがめて、今にも泣きそうな刹那は何度か口を開けて何かを言おうと試みたが、結局何もいえなくて口を閉じた。


 あの男との関係なんて、どう言っていいのか分からない。憎むべき自分の『敵』? 自分に戦場での生き方を教えた『師』? 戦場を駆けた『同胞』? 


 それとも、自分の『全て』だろうか?


 どれも当てはまるような気がして、でもどれも当てはまらない気がした。確かに彼は自分に生き方を教えてくれた。彼はちっぽけな『ソラン・イブラヒム』にとっての全てだった。


 そんな彼を、言葉で説明するなんて出来そうにもない。


 黙りこくってしまった刹那の、ちょうど心臓の位置にティエリアの手が置かれた。刹那は驚いてティエリアを見上げる。


 「刹那、あの男の代わりに僕を刻め」


 何を言われているのか、理解できなかった。


 「君の心に僕を刻め。そこは僕の場所だ。そこに僕以外の誰かがいるなど、絶対に許さない」


 気が付けばティエリアの腕の中。耳朶に唇が触れるか否かという距離で囁かれたそれに刹那は赤面した。


 「だったら」


 「ん?」


 「アンタの心にも、俺を刻んでくれ」


 頬を赤らめた刹那がぼそり、と呟く。ティエリアは返答代わりに、その唇を自分のそれで塞いだ。