揺れるその瞳が、迷子の子供のようだと思った。
どういうつもりだ、と刹那は咎めるように囁いた。
「乗れもしないくせに、ガンダムを起動させるなど」
「そうでもしないと、あなたは出てくれないだろうから」
笑いかけると、刹那は苦虫を噛み潰したような表情になった。きっとこの対面さえ、彼女にとっては不本意なものなのだろう。けれど、私たちは一度、ちゃんと話し合ったほうがいいと思う。
過去(これまで)についてだとか。
未来(これから)についてだとか。
身体(わたし)についてだとか。
精神(あなた)についてだとか。
「ねぇ、詳しいことはよくわからないけど・・・・私はあなたがいて良かったと思うよ」
刹那がぴくり、と片眉を上げた。
「あなたがいなかったら、たぶん私は死んでいただろうね」
「だろうな。アンタは戦場を生きるには適していない」
どこか冷めた口調で、刹那はそう言った。そのとおりだと思った。クルジスに投下された私が生きてこられたのは、刹那がいてくれたから。狂おしいまでに生きる事に貪欲な彼女だったからこそ、あの激戦を生き抜いた。
「だから・・・俺の存在を、許すとでも?」
「まぁ、そういうことになるかな」
私は曖昧に笑った。刹那は苛立ったように舌を鳴らす。
「許して、許されて、それくらいでどうにかなるような問題じゃないとは思うけどね。どうあがいても、私たちは共存できないだろうし」
「そうだな。精神だけの俺はこのままではいつか消滅するだろう。かといって肉体を得れば、こんどはアンタが消滅する。そして、アンタだけではこの世界を生き残れない」
「駄目だね。とことん、私たちは相容れない」
ためいきがでるくらい、絶望的な真実だった。ひとつの身体にふたつの精神、そんなバランスの狂った状態が、長くもつはずがない。いずれ崩壊する。
「それで、アンタはどうするつもりだ。このまま俺を表に出したって、今までと何の代わりはない。いつか、どこからか壊れていくぞ」
「うん、そのことなんだけどね」
私は笑って、ひとつの提案をした。
「私のお願いをひとつ、きいてくれないかな?」
彼女に手を差し出して、私は『お願い』を口にした。
「あなたに未来をあげる。行動しだいでなんだって出来る、自由をあなたにあげる」
「それは・・・」
刹那がいぶかしんで声を上げた。けれど、私は無視して話を続ける。
「だけどかわりに、条件がある」
きっとそれは、刹那にしか出来ない条件。
「子供たちが笑えるような、世界を作って。あなたや私のような作られた存在がいなくなる、そんな未来を作って」
アザディスタンで見た、平和を知らない子供たちの顔が脳裏に浮かぶ。あの子達が笑って暮らせるような、そんな世界が欲しい。
「ねぇ、あなたなら出来るでしょ」
私は願う。どうか、今彼女に笑いかけている私の顔が、泣いているように見えませんように。
「そのためだったら、私の身体と未来の全てを、あなたの好きにしていいのだから」
刹那の手を取る。彼女は迷っていたようだけど、彼女なりの答えを口にした。私はそれを聞いて笑い、
そうして静かに、目を閉じた。
CBとの戦闘はイノベイターたちにとって有利なものであった。先ほど敵の母艦に投下したオートマトンには主の生命データを入力し、そのデータに適合する者いがいは全て撃ち殺すように命令してある。後は自分たちがガンダムたちを一掃すれば、彼女は還ってくるはずなのだ。
ブリングはぐっと操縦桿を握る手に力を込めた。あと少し、本当にあと少しでCBは壊滅する。CBさえいなくなれば、自分たちの計画は加速していく。ブリングがその光景を思い浮かべた瞬間だった。
ディスプレイに表示されている味方のMSが次々と消滅していく。ブリングが慌てて確認する、その間にも一機、また一機とMSが爆破し消えていった。
「だれ、が」
人知れずこぼれでた疑問に答えるかのように、爆煙のなかから大量の淡い粒子をまとったMSが現れた。
白と青を基調とされた、両肩にドライブGNを搭載したMS。数少ないガンダムの中でGNドライブをふたつも搭載しているものはひとつに限られる。
「ダブルオーガンダム・・・・」
呟いたその名を否定したくて、しかし出来ずにブリングは苛立ちをこめてガツンとパネルに拳を打ちつけた。ヴェーダの情報に誤りがあるはずがない。ならば、あのMSのパイロットは刹那・F・セイエイとなる。
もしも、なんらかの事情で精神だけの存在であるはずの刹那・F・セイエイが身体を得て戻ってきているのだとすれば。
「それはそれで、好都合」
再び捕らえて、今度こそ完膚なきまでにその存在を消滅させる。唇を歪ませ、ブリングはガラッゾをまっすぐダブルオーガンダムのもとへと直進させた。通信機からはこの作戦の指揮官である人間の命令違反を糾弾する声が聞こえたが、当然のように無視をした。
ビームサーベルをうならせ、ダブルオーガンダムへと斬りかかる。しかし相手もまたビームサーベルで受け止め、二機の間には目をくらむような火花が激しく飛び交う。
「お前さえいなければ、姫を脅かすものはいなくなる。お前さえ、いなければっ!」
ブリングは今でも覚えている。毎日自分たちの下へと通ってきてくれていた幼子がとつぜん消えた日のことを。差し出された温もりを奪われた瞬間を。その理由と、彼女が投下された地区を聞いたときの絶望を。
「もう二度と、お前に奪われてなるものか!」
ビームサーベルを押し切って再び振り上げる。すんでのところでかわされ、舌打ちを打つと共にミサイルを放った。
『怨むのなら、怨めばいい』
通信機から聞こえてきた声に、ブリングの心は歓喜と憎悪をいっぺんに味わった。震えるほど切望した声はけれど、ブリングが望んだ相手ではなかった。
『あいつの存在を俺は奪った。それは変わらない。だから、怨んでくれて構わない。けれど』
まだ死ねない、と揺らぐことなく声は続けた。どの口がそんなことをほざくか、とブリングは折れそうなほど歯を噛み締めた。
『俺は託された。だからその日まで死なない。消えない』
誰に、とは言わなかった。ブリングはうっすら誰だかわかりそうになって、慌ててそれを打ち消した。彼女がそんなことを望むはずがない。自分たちの死を、望むはずがない。
『ごめんなさい』
先ほどまでの強い声とは裏腹に、消え入りそうなほど小さな声だった。声自体は同じだ。けれどブリングはその声の主を一瞬で理解した。
「姫・・・・」
どうして、とは尋ねない。自分たちは彼女の矛であり盾あり、彼女が望むこと全てを叶えるためだけに存在している。
それが、彼女の意思ならば。そしてそれを、刹那・F・セイエイに託したのならば。
大好きだよ、と泣きそうな声で囁かれて。身に余る光栄だ、と迫り来るMSに乗るかの女性を想って、ブリングは笑みをこぼした。
初陣にも係わらずダブルオーガンダムの性能は群を抜いていた。その機体から放出される粒子の影響なのか、プトレマイオス内のオートマトンは全て機能を停止していた。予想外のダブルオーの出現にひるんだアロウズの戦艦が後退した隙を狙ってCBは無事にその領域から離脱した。互いに痛手を負ったのだから、とうぶんは戦闘にはならないだろう。
次々とマイスターたちが帰還してくる中、最後にようやくダブルオーガンダムが到着した。皆が不安げな視線を送るなか、コックピットからでてきた人物が小さくただいま、と漏らした。
最も早く行動したのはフェルトだった。ふよふよと浮いていたハロをつかむと見事なフォームで振りかぶってそのまま刹那の顔面へと投げつけた。
「遅いよ、馬鹿!」
ほかのメンバーが唖然としているなか猛ダッシュで刹那に駆け寄ったフェルトは開口一番、泣きそうな顔でそう叫んだ。
「刹那がいない間、本当に、いろいろ、大変で、たくさん、心配したのに、あっさり帰って、くる、し・・・・」
「そうよ、皆心配したのよ」
ぼろぼろと涙を流すフェルトの肩を抱いたスメラギがこつん、と刹那の額を小突く。すまない、と囁いた刹那に違うでしょとさらにデコピンをくらわせて。
「おかえりなさい、刹那」
「・・・・ただいま」
その瞬間、他のメンバーが次々と刹那を取り囲んだ。背中を叩かれたり髪をぐしゃぐしゃにされたりと手荒い歓迎をうけるなか、ぽつりとミレイナが囁いた。
「そういえば、あのひとはどうなったんですか?」
「彼女、は・・・」
少しだけ顔を翳らせて、刹那はぽんぽんとミレイナの頭を撫でた。
「あいつは寝てしまった。起こす時間は言われているが、今はまだ、その時間ではないから。もう少し寝かせてやろう」
「残念ですぅ。一緒に日本経済特区に遊びに行こうと思ってたんですぅ」
「そうか」
がっかりしたような顔をするミレイナの頭を撫でながら、刹那はそっと己の胸に手を当てた。そこに眠る女性に思いをはせるかのように。彼女から託された夢を確認するように。
いつかまた会える日を夢見るように。
さあ剣を置いて、
その両腕は戦うためでなく誰かを抱き締めるためにあるのでしょう?
お題は風雅さんよりお借りしました。